気功のひろば
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ブログ

2017.10.27

思いを手放す 〜9/10京都

2017/9/10 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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*思いを手放す

なぜ私たちは、さまざまな苦しみと共にあるのだろうか。

苦しみを減らすには、心の許容量を増やしていく。
生きていること自体が幸せ、心のチャンネルを自分で切り替えてゆく。

生まれる以前からずっと続いている心の状態を、「先天」と呼ぶ。
それは、普段の日常的な心の動きとは違う、言葉以前の世界。

言葉に翻訳できる心の部分を、「後天」と呼ぶ。
それを、分けて考える。

例えば、家にいる動物たちとは、言葉を通して心が伝わっていくけれど
インターネット上で飛び交うメッセージでは、誤解も生まれやすい。
声の調子や表情、間の取り方、心の向かう方向、
体が緊張しているのかゆるんでいるのか等等、
コミュニケーションでは、「体につれて動いているもの」が、多くを占めている。

「言葉以前の心」が、体に宿っている。
BodyとMindは、相互に作用し、影響し合っている。
その両方を、同時にみていくことが大切。

気功では、意識的な働きを静めていくことを「入静」と呼ぶ。
何度でも繰り返し、ゼロに戻る。
「先天の心」が、はっきり現れてくる。

今を生きているのは、先天の心。
将来や過去を考える、時間感覚をもっているのが、後天の心。

方法はやさしい。
体の心地よさに集中し、頭の中を空っぽにする。
そうやって、時間につながれている感覚から自由になる。
心と身体の両面をつないでいけるのが、気功の良さ。

心に浮かぶ、さまざまなおしゃべりにつきあわない。
雑念と呼ばれるものは、淡々と見て、あいづちも打たない。
ただ、聞いているようにすると、会話は成り立たない。
そうしていると、言葉以前の体の部分が、大きく変化する。

[実習・あくび〜心がおちつく やさしい気功」。

「入静」は、集中を保ちながら、気楽にやってみる。
自分を見張る気持ちや、緊張感ではない。

起きているのとは違う、眠っているのでもない。
瞑想的な感覚を特別なものにしない。
心が静かになるのではなく、心がさまざまに動き、流れ、留まらない状態。

心を、つなぎとめることをしない。
楽しかったことや、気持ちよい体験にこだわると、苦しみもつなぎとめてしまう。
一時的な幸せを壊したくない思いが、
心をつなぎ止める。
手放したほうが気持ちよい。

気功をすることを積み重ね、日常でも思いを手放すようにしていくと
ちょうどいいことが、ちょうどいいだけ起こる。

「盛り上がったような気持ちよさ」を手放す。
大変なことを、手放す。

同じことをしていても、毎回新しくて、飽きることがない。
毎回毎回、違う気持ちよさがある。
新しい気持ち、新しい体で味わう。
その後には、深みのある心地よさがある。

*秋の体 

秋の焦点は、腰。
なでる、足湯、水をのむ。

足裏・内股・耳・腎臓のてあて、脇腹・後頭部などの
どこか一カ所にはっきり出ていることが多い。
その時々に、したいところを、ゆっくりなでたり、てあてする。
その一カ所から体全体が変わる。

[実習・耳をこする〜腎臓のてあて、体をねじる]
[実習・肩の荷がおりる気功
(純)

2017.10.24

楽になるレッスン〜心が澄み渡る 10/21中之島

台風の近づく、選挙の前日。じっくり少人数。
中之島の18階は、こころと向き合う
天空の異空間でした。

2017/10/21 於:朝日カルチャー中之島 天野泰司
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*心の声に従って

「心」は、コロコロ変わっていくのが自然。
嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり。
その状態を引き止め、つなぎとめようとすることで
安定からより離れていく。

予測しないことは、起こるもの。
抵抗したり、歯向かったりしない。

心には、波があるもの。
波打つこと自体が、健全な心。
心を静めようと努力を重ねれば重ねるほど、
苦しみ、悲しみの中に留まることになる。

明日は投票日。新しい動きが起こっている。
自然発生的に、今必要だから出てきたことが大切。

「自発的な動き」は、完全な自由、圧倒的な自由で支えられる。
限定付きの「自由」や
「まぁ、ここまではいっか」と自分で決めた自由でもない。
身体から湧き起こる何かに従って、すべてを投げ打つような
「今、これがいいぞ」と思うことをやっていく。

もちろん、生きていく上でさまざまな制約はあるが
知らず知らず、自由な空間に、自ら線引きをしている。
そんな枠の中で、知らずに頼っていたものが
がらがらと、不可抗力的に崩れていくことがある。
魂の声に従って、枠を取り払って動く時。

今回の選挙でも、心の声に従って
自主的に立ち上がった人たちは、活き活きした表情をしている。
心がスッキリしていると、身体も活き活きと働く。
心と身体はひとつ。

秋は、心理的な面が前面に出てくる季節。
涼しくなって、心が繊細になり、それが身体に反映する。

辛く苦しかったことが、ふっと浮かんでくる時でもある。
過去の辛さや怒りが、体のどこかに留まって
「漠然とした辛さ」として、心身に作用し続ける。
秋は、それを精算できる好機。
辛さ、出来事が浮かんできたその時に
体の不快な部分を、ただ感じる。
解決しようとしなくてもよい。

そうすると、過去の苦しみがひとつひとつ取れて、流されていく。

[実習・あくび」〜浮かんでくる違和感に、集中しながら。

うつむいてゆっくり息を吐く。ゆっくり頭を上げて、楽に上を向く。
口をあけて、あくびになったら正面に戻る。3回。

心がおちつく やさしい気功」〜気持ちよさに集中しながら。

*楽なほうへ動く

楽なほうへ動くことで、整う。
その中で感じる痛みは、耐えられないものではない。
「もう少しでスッキリするぞ」感がある。

「ゆっくり」動く。なるべく繊細に、体中の感覚を働かせる。
感覚が広がってくると、それにつれて体が一番いいように動き、
自然な働きが引き出されていく。

「心の自然な働き」も、信用して良い。
心は、「コントロールしなければいけないもの」ではない。

心を澄ませてゆくことの意味は大きい。
以前に比べて、ゆとり、余裕がなく、環境的にも
心が自由になる時間、スペースが少なくなって来た。

自分を忘れ、自然とひとつになる時。
山に上って、はるか彼方を見下ろす時。
「自分を見張っている心」から離れ、
解き放たれた心が、元の居場所に戻る。
旅は、原点回帰になる。

けれどこうして今生きている中に、雄大な自然の営みがある。
「私」は、神秘の固まり。
地球に生命が誕生してから、途切れなくつづく生命。
体にふれていくことで、たやすく原点回帰が出来てゆく。

なでる、味わう、心が透明になる。
昔は武士も茶道やお能をしたり、出陣の前に歌を詠んだりした。
死んでもいい、だから強かった。
自分の枠がなくなり、我を忘れる。
そうした時に、力が発揮できる。
自分を含めた全体のために、力が湧いてくる。

枠の中に自分を引き止めない。
自由な心に戻れるような時を作る。
一瞬の中に無限の広がり、そうしたものと出会った瞬間を大切に。

*冷えについて

「冷えたらあたためる」と、『はじめての気功』に書いた。
冷えることを心配して、何枚も重ねることを続けていると
それがなくなった時に冷える。
それよりも、冷えた時に、冷えたところをすぐにあたためる。
そのままに置いておかない。

寒さでちぢむ、あたたまってゆるむ、またちぢんで引き締まる、
そのリズムで体は強くなる。
京都は厳しい冬、暑い夏に鍛えられて、長寿の老人が多い。

[実習・足の指の間を開く]
足の裏と、足の甲をゆっくりなでる。
それぞれの指の間、骨と骨の間を、先から上へ広げながらたどっていくと、
狭くなっているところがある。
3・4指間が狭くなっていると、冷えている。
小さな固まりを見つけたら、そこにじっと
軽く両手の親指を重ねて、しばらく集中する。

最後は立って、のびのびと動いて終わりました。
次回を楽しみに、みなさん気持ちよく帰られました。
ありがとうございました。
(純)

2017.08.21

夏の疲れを抜く 〜8/20京都

厳しい残暑の中を、20人ほどの方が来てくださいました。
窓の外には東山、大文字。
涼しい会議室で、ひとときのゆるやかな休息。
年々厳しくなる暑さや、日々のよしなしごとを
しばし置いて、静かな心と身体を取り戻すひと時となりました。
(純)

2017/8/20 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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*頭の気を下ろす

暑い日が続き、ふらふらした時などは
まず、頭に上がっている気を下ろすとよい。

[実習・頸椎2番の左右、頭部活点のてあて。
あくび〜心がおちつく やさしい気功」。

「頸椎2番の左右」は、上を向いてみて、頭と首のちょうつがいになっている位置。
右側は頭の血が下がる、ふらふらする時など。
左側は上がる。貧血の時など。
「頭部活点」は、鬼の角が生える位置。
ゆっくり、指先でてあてする。

こうして、涼しい場所で、「体がほっとする」一連の時間をとることで
周りの状況は変わらなくても、受け容れ方が違ってくる。
さまざまなことを、脚色・評価なしで、自然に受け取ることができる。

苦しみ、悩み、心配は、四六時中考えていると疲れてしまう。
いっとき手放す。
そして、ほっとした感じを作ると、許容量が増えて
見直すことができたり、
山が越えられそうな気がしてくる。

最初はエベレストのように思えていたものが、
モンブランくらいに思えてきて、
「富士山くらい、いや、比叡山くらいかも」
「それならば自分の足だけでなく、ロープウェーやケーブルを使おうか」
そんな感じが出てくる。

自分で、「山が高い」ことを決めている。
山のけわしさ、高さを決めている。
その大脳の働きを、(先ほどのような)やさしい動きで
ほどいていくことができる。

そうすると、自らを苦しめていた頭の働きが抜け、
体もゆるんで楽になる。
脚色して、苦しみを増やしている。
「こんなに苦しい」と決めている。
そうしたことも減ってゆき、
生じて来る大変な現象も減る、という
効果が連鎖して起こってくる。

ひとりひとりの潜在意識は、深い部分でつながりあっている。
動物的、植物的、物質的感受性といってもよいが
そうして、私の「高い山が次々に現れる」ことが減って
葛藤が少なくなってくると、
周囲の人、周りの世界も変化してくる。

頭の気が下りると、体の働きが活発になる。
「体の働き」とは、90%以上が無意識的な働き。

今日から3日間、できれば1週間、
きょうやったさまざまなこと
「頸椎2番左右のてあて・頭部活点のてあて、あくび〜おちつく気功」を
続けてほしい。

それは、秋への準備にもなる。
秋は、辛かったことなどを抜いていく、心の整理によい時期。

こんなに暑いけれど、もう秋に入っている。
すっと涼しい風が吹いて、夜になると虫が鳴く。
辛かったことを、ふっと思い出す、
そうして、奥底に眠っていた昔の苦しみが
浮上してきた時が、洗い流すタイミング。

思い出した時に、「おちつく気功」などで
体をすっかり気持ちよくすると、
心の奥の辛さが「体から」抜けてゆく。

*汗の内攻〜秋の準備 

知らずに吸収してしまった添加物、農薬、化学物質などは
汗からしか排出されない。
それが、汗の効用だが、
汗を冷やしてそれが再吸収されると急性の異常が起こりやすい。

「夏バテ」は、ほとんど汗を冷やしたことから起きる。
そうしたときは、太ももの裏がちぢんでいる。

[実習・後頭部真ん中、腿の裏側のてあて]
「後頭部の真ん中」は、いちばん盛り上がったあたりの中央。
「腿の裏側」は、椅子に座って、
足の付け根のほうから順に、手のひらで両足のももの裏側の
固さを、やさしく確認する。固さのあるところにてあて。

夏は呼吸器がよく働く季節だが、
秋は、泌尿器が中心になってくる。

汗をかかなくなるので、腎臓の負担が多くなり
片側の腎臓が疲れると、体がねじれて腰痛が起こる。

[実習・耳をこする〜腎臓のてあて]
腎臓にてあてをし、ゆっくり足の裏から息を吐く。

椅子でゆっくり実習した後、
立って、「肩の荷がおりる気功」をして終わりました。
(純)

2017.06.12

心と体のお掃除 〜6/11京都

静かな落ち着いた雰囲気で、楽しい講座になりました。(純)

2017/6/11 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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身体は、2週間〜1ヶ月先を予測している。
その少し先の季節を感じつつ、月1回進めていく講座。
できたら継続して、1年の流れを感じてもらえると良いと思う。

梅雨は、汗が出にくくなるため、腎臓に負担がかかる季節。
腎臓が疲れやすいと、気分がうつうつとし、不機嫌になる。

同時に、雨で湿気が強く、運動が制限される。
そうして季節的に不機嫌になったり、
小さい子がおしっこを我慢している時のように、
そわそわしたり怒りっぽくなったりする。
こちらが、「そういう時期なんだ」と気づけば良い。

腎臓を元気に、そして体の自発性も育てていこう。

[実習・わき腹、内股、頭頂のてあて〜体を後ろにねじる
心がおちつく やさしい気功」。

脇腹に両手をあてて、脇腹で息をするように。
ねじる時の視線は水平。ねじりやすい方にすこし大きく、ゆっくり無理せずにねじる。

年も半ばに近づいて来た。
神社では、「夏越の祓」といって、この時期に
心にたまった罪ケガレを流してゆく。
「大祓祝詞」は面白くて、たまった罪ケガレを
神々がそれぞれ手渡してゆき、そのうちどこかへ無くしてしまう。

心と身体に分けて考えると、
心の嫌な感じ、悩み苦しみは、
まずそれから心を放して、ぽかーんとしたり、
気持ちよいことに集中すると、嫌なことが寄ってこなくなる。
しっかり悩んで解決策をとるのも大事、そのほうが苦しみつづけるより早い時も。
いつまでも「そのこと」を背負いつづける必要はない。

体の痛み、だるさ苦しさは、
腰痛なら体がねじれないように、痛くならない姿勢をとったり、
打撲で痛いなら、思わずとったそれをかばう姿勢、それが大切。
自分の「治る力」を助けるように、全身でその姿勢に集中したり、
てあてをしたり、
どちらにしても、できるだけ気持ちよくする。

[実習・心の動きにまかせる]
心に浮かんだ諸々をただ流していきながら、背骨からゆっくりゆれる。

普段は、楽なほうへうごくこと。
梅雨で動きにくく湿気のこもりやすい時期だからこそ、
換気や掃除もどんどんする。
活動すると汗も出やすくなる。
一番動きたい動きはひとつ、それが体のおそうじ。
持っていると苦しいものは、手放す。

といった話の後、立って、「肩の荷がおりる気功」をして終わりました。
(純)

2017.05.06

初夏の気功・心地よく目覚める 〜5/6中之島

ゆっくり体をなで、のびのびと開く。
息が深く、心が軽くなる一日でした。(純)

2017/5/6 天野泰司
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初夏は、「伸び伸び」。
体が活動的になる季節。
そのタイミングで、少しの手助けがあると
エネルギーが発散され、眠りが深くなる。

生命力の中心は、後頭部・おなか。

[実習・後頭部のてあて・おなかのてあて]

おなかの赤ちゃんには、まず頭をてあてする。
生まれたら、後頭部とおなか。
赤ちゃんには、「気が集まる」こと、
「気の満ちた感じ」が一番大切。
おなかに赤ちゃんがいる時には、物を運ぶようにでなく
いつもそこに、その子がいることを意識して育てる。

私たちも、生命体として、ここにある。
心と体の区別もない、いのちとしての「私」は
気で成り立っている。
「気の充足感」が最も大切。

「欲」には本来の欲と、二次的三次的欲がある。
「仕方ないかな」「私にはちょっと」としたかったことのグレードを落とすことで
本当は何がしたかったのかわかりにくくなり、
眠りが浅くなってしまう。

体の勘に添って、明瞭にしたいことをする。
楽々と、全力で。
そのスイッチを入れる。

そうした、自分でかけたブレーキ、
流れをせき止めるダムを、外すのが不安なこともある。

けれど、自然にはひとつも欠けるところがない。(=円満)
「生命体としての私」にも、完璧な働きが内包されている。

ただ、「楽」を大切に、ありのままに戻る。
そのひとつの方法が、こうしたやさしい気功。

「実習・心がおちつく やさしい気功」。

夏の準備をいまのうちにしておくと、
梅雨の時期、そして夏がスムーズ。
後頭部のてあて、おなかのてあて、
そして「肝心行気」=肝臓と心臓のてあてを続けるとよい。

梅雨の時期は、雨が続いて
「動きたくても動けない」感が起こる。
その時は、「体の内から起こる自発的な動き」に忠実に。

例えば、あくびがしたくなってあくびする、
首を回している時、思わず「こう回したい」という
そうした「思わず」出てくる、自発的な動き。

肩の荷がおりる気功]。

のびのびと、胸を開いて。(純)

2017.02.22

夢を叶える〜1/21中之島

新しい年の手帳やカレンダーを
それぞれが手に、一緒に12ヶ月を追いました。
お話は深く、方法はやさしい。
天野らしい講座になりました。(純)

     2017/1/21  天野泰司
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新しい年の手帳やカレンダーを、開きながら
一瞬「どんな素敵な年になるかな」と思う。

こうしたことは重くなりやすいが、
軽くなるほど叶いやすい。
気楽に、ひと月ずつ
「どんな素敵な月になるかな」
明日は、「どんな素敵な日になるかな」…。
どこまで、軽くできるか。

潜在意識に「素敵な年になった」と入ると、
効力をもってカレンダーや手帳が動き出す。

たとえ目の前に困難な状況があっても、
良いイメージを持っておくことで、
心の中にポトンと嫌なことが落ちても、すーっときれいになる。
心は完全に自由。

願いは叶うのが自然。
「これはできない」
「こうしたら、どうしてもこうなってしまう」
「〜は、こうである」というように、
私たちは、自分で先に決めている。

誰がどこで言っていたのか、もう忘れてしまったようなことが
心の奥底に入り込んでいる。
先入観、先入主といったもの。

それを取り除くのは「どっちでもいいよ」という自由さ。
体の自由な感じが、心の自由さを生む。
体は楽に。心は、ゆらゆら。
「漠然とした気持ち良さ」、「今」を味わう。

心がおちつく やさしい気功」。

[実習・化膿活点のてあて]

肩の荷がおりる気功]。

「肩の荷」とは、先入観、先入主。
手放そうとして手放すのは難しい。
こうして、気軽に、手放す。
掃除をしたり、引き出しを整理したりするのも良い。
体と心を同時に、気軽に捨ててゆくのが大事。
そうすると、心の中に溜まっていたものが自然になくなる。

日本にはそうした習慣が古くからあって、
お正月にはすべてのものが新しく、あらたまる。

[実習・新年に願いを書く]

「〜なりました」と過去形で。ナチュラルに言えることが大事。
自分のことを書く。

2016.12.21

『はじめての気功』出版記念vol.2 〜東京

50名近いご参加で、会場はいっぱい。
キャンセル待ちの方を1週間前に全員お入れしましたが、
1ヶ月以上前に満席になってしまい、あきらめた方も多かったかも。

天野の著書も、たくさんお求めいただき
ありがとうございました。

ながめのよい新しい教室で、しみじみと心あたたまる
師走のひと時になりました。

中之島とはまったく違った内容なのも、興味深いところ。
合わせてごらんいただいて、また次回は
関東の方も、京都大阪にぜひいらしてくださいね。(純)

2016/12/17 天野泰司 於:朝日カルチャー新宿

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手放す〜生と死

努力することで、「本来の自然」から遠ざかることがある。

「美しさを追求する」のが、人にとっての自然。
生活の中に、思いの中に、美しさがあるかどうか。
それがひとつの重要な尺度になる。

私たちは、自然の中に生きている。
生きていること。そして死ぬこと、どちらも自然。
同じくらい大切な事実。
リミットがあることで生が輝いてくる。
フタをしたり、考えない、ということをなるべくしない。
死を意識することで、生が輝く。

自然の中には美しさがある。
人が生まれる時、お産にも、死にも美しさがある。

亡くなる4日前に、禁点という場所に固まりができ
体が「生きていこう」とするすべての努力をやめる。
症状は、よくなろうという働きなので、症状も
ぱたりとおだやかになる。
なので、4日前になったら、全部を手放すことができる。
財産も、恥も、羞恥心ももういらない。

毎夜、眠るとき私たちはいったん死んでいる。
死が楽しみであると気づくと、今が貴重である感覚が生まれる。

体のレベルで「手放す」大切さ。
毎日、15分から20分、「心がおちつく やさしい気功」をして
自然に戻る習慣を。
努力を手放して、体の気持ちよさにまかせる時を持つ。

例えば散歩でも、どんなことでもよいが、
「考える」ことから離れると、違うチャンネルができてくる。
考えることで制限、制御することが多く、
やりすぎると反動が起こり、自然にコントロールすることが難しくなる。

洪水のためにと堤防を築いて氾濫が起こるように、
自然に流れているものを、制御しようとして
難しくしている面がある。

一日のうちで、そうした時間を少し作ることで
「考え」とは別のところに生きている「私」が
実感できる。

心地よさに添って

気持ちいい姿勢。気持ちいい心の持ち方。
心地よさに添って動いていく。
その範囲でやっていく。

今の幸せを味わうことで、幸せへの感度が上がり
将来の幸せにつながる。
幸せを味わう力をつけることで、「幸せの連鎖」が起こり
周りの人も幸せになる。

一人で気持ちよさを味わうより、集まったほうがより大きくなる。
幸せを共有し、高め合うことが
こうしたレッスンの、一番大切な意味。

「ちょうどよく、力を出し切る」ことが全力。
清々しく気持ちよい状態、
「おちつく気功」でいえば、「しなやかに動く」動作。
自分の能力が引き出されるように、持っている全てを使っていく。
出し惜しみをしない。
がんばることをしない。
今の社会的状況に縛られない。

世の中が悪いのではなく、自ら全力を出さないようにしている何かがある。
みんなが、「自分が気持ちよいようにする」ことで社会が変わる。
社会変革は、自分の内からしか起こらない。

楽に、ぱっと動いていく習慣をつける。

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功

自分が動きやすいように、
無理に広げようとするのでなく、自然に広がるのがいい。
自分自身のことが大事。
身の回りのこと、「自分ができる範囲で」が大切。
そうして、気持ちよさを広げていく。

嫌なことがあったら、「嫌だ」と感じていい。
けれど、それを体の嫌な感じとして残さない。
流していく。

「出来事を正確に認識する」ことと、「体に嫌な感じを残さない」こと。
この2つは大きな力になる。
「罪ケガレを祓い流す」のは日本の習慣。
気持ちよくなって、寝ること。
日々の掃除と同じ。

 *『はじめての気功』参照 (純)

2016.12.21

心と身体の大掃除 〜12/11京都

ゆすって、たたいて、スッキリさっぱり。足取り軽く終わりました。(純)

2016/12/11 天野泰司

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心の大掃除

不安や恐怖が心に残り、それが大きくなりやすいのは
本能的なもの。
身を守るために、人の心は危険に対してより反応するが
小さな危険ならば、それを気楽に思い出して
その都度、体をゆるめるのがよい。

[実習・体をゆらしながら一年を振り返る〜
心がおちつく やさしい気功

全身を気で洗い流し、感謝し、ねぎらう。

大掃除も同じ感覚で。
ふだん掃除をしていない処を、ひとつひとつ点検しながら
きれいに洗い流し、ふきとって
感謝を伝える。

ここ100年ほどの便利な暮らしで、
感謝の気持ちが薄れてきている。

ひとつひとつ、感謝の気持ちを表すことで
心の葛藤が無くなって
体の物理的な疲れだけが残る。

葛藤は「当然、そうなる」と思っていることが
そうならないことから生まれる。

生きているだけで奇跡。それ以外は小さいこと。
私たちは、縁、さまざまな人のお世話に依って途切れずに存在する。

年末は「大感謝大会」、「謝恩セール」。
お金を儲けるためではなくて、本来の「商売」、
感謝の連鎖で経済が成り立つことを取り戻す時代。
家の中も、心の中も、それが心の大掃除につながる。

体の大掃除

コロコロ変わるのが心、つなぎとめられているのは本来ではない。
子どもの心、赤ちゃんの心はみんなの中にある。

私たちは記憶につなぎ止められやすい。
経験から、何かを予測し、自分で世界を作り上げてしまう。
予測したことが実現すると決め、同じ気持ちにまた戻る。

無心な状態に戻ってゆく。
入り口は、「ぽかんとする」こと。

頭はポカン、体はスッキリ。
そうすると、心が自由に流れ、動き、
体は、「あるべきものがあるべきところに、
あるべきようにある」=自然な状態になる。

日々、ちがう。その都度、違う。
体も日々ちがい、心もその都度違う。
流していくことが大事。

うごいて、体の大掃除を。
[実習・立って動く〜ゆする・たたく]

(純)

2016.10.21

『はじめての気功』出版記念vol.1 〜大阪

冷えたら温める。乾いたら水をのむ。
悩んだら体をゆるめる。

朝日カルチャーセンター中之島で、『はじめての気功』出版記念として
ご本の中から心の面を中心に、ということで
「秋の気功」が開かれました。
「出版記念」というものは、何とはなしに晴れやかで良いものですね。
お話は、体→頭→心、とすすみ、あっという間に時間いっぱい。
2回に分けたらよかったかしら。
本の情報量というものは多いものだな、と改めて感じさせられました。

天野の著書も全種類持っていきましたが、
たくさんお求めいただき足りなくなりました。
ありがとうございました。

次回の出版記念は、12/17の新宿になります。
では、中之島、まずは体・頭の前半部分から。(純)

2016/10/15 天野泰司

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秋の体

秋になって気温が下がってくると、だんだん体がひきしまってくる。
骨盤が引き締まってくる時、左右の状態が整わないと
冷え、泌尿器系、神経系などに影響が出てくる。
頭が引き締まってくる時、首や肩のコリが出てくることがある。
頭を使うのはヒトの特徴、
考え方が切り替わることで、楽に、幸せに生きられるようになる。
頭をていねいに扱っていく必要がある。

1.乾く
秋の特徴に、「乾く」ことがある。
乾いたら水を飲む。

暖房が入り、乾燥してくるこの季節。
目がシワシワしたり、鼻・口の周り、指先や爪の際が乾いたり
むくんできたら、水分不足のサイン。
足りないなら、水を飲む。「チビチビ」おいしく飲む。
多く飲み過ぎると体はそれを捨ててしまう。それよりも、
水を欲しているタイミングに。
風呂上がり、朝、暖房の部屋に長くいる時、運動した後など。
おいしく感じる水を飲めば良い。
冷たい水に抵抗があれば、白湯にしてもよいが、水のほうがよい。
ペットボトルに半分くらい水をいれて凍らせておき、
水を足して持ち歩くと、だいたい1日おいしい水が飲める。
こうして天気がよい秋の日に水を飲み始め、
春のお彼岸の頃まで。
それが冬の潤いを生む。
頭痛、神経痛、関節痛なども水不足からきていることが多い。

2.あたためる
冷えたら温める。
気温が下がると体は引き締まり、上がるとゆるむ。
ひきしまりとゆるみを繰り返しながら、冬に向かって体は引き締まってゆく。
たとえば出産の時。収縮が起きて、骨盤がひらいてはゆるみ、それを繰り返して
段々開き、出産の時に最も開き、するっと生まれてくる。
気持ちよく引き締まり、ゆるむのがよい。

お風呂が効果的。全身浴より部分浴、今はとくに足湯がよい。

くるぶしがかくれるラインまでのちょっと熱めのお湯、
両足が6分、比べて足の白い方をあと2分。
そうすることで両足がそろい、左右の骨盤がそろう。
大きく骨盤が変わる。

個人差はもちろんあるが、
女性は骨盤が6とすると頭が4、
男性は骨盤が2、頭が8くらいの割合で、全体が成り立っている。
なので特に女性は、骨盤が整うとさまざまな不調が解決することが多い。

「耐える」ことをやりすぎない。
耐えることで、一時的には、自らを守る。
けれどもその状態が終わっても耐え続けていると、心身が鈍り、
生命力が衰える方向へ向かってしまう。それは死ぬ方向。
生きる方向というのは、物事をより繊細に感じ、感覚を開いていく方向。
人は死ぬ4日前まで、より良く、元気に、気持ちよく、活発にという
働きが続く。体の勢いがある。
それ以降になって初めて、静かに安静になって、人生を閉じていく。
だから身体を信頼し、任せていく習慣を積み重ねて
身体に素直に従っていこう。

3.風邪
体が季節によって変化していく時、積み残した部分が出てくる。
そこを調整するために、風邪を引く。
例えば秋になって、汗が出なくなり、腎臓の働きが追いつかない。
そうするとのどがはれる風邪をひいて、腎臓を元気にしていく。
熱が出る風邪は、「あたためると体がゆるむ」ことを自力でやっていく。

風邪のときは普段よりもっと気持ちよく、妥協せず快適に。
そして水を飲むこと。吸収されやすい。
風邪は、体の改革のタイミング。
ぜひ、風邪をひいてください。ここ1週間くらいが良いです。

秋の頭

無心になる、というと大げさな気がするが、
頭が「ぽかん」とした状態で、骨盤の動きがより明瞭になってくる。
「ぽかんとして体にまかせる」体験が重要。

[実習・心がおちつく やさしい気功

この気功は、東日本大震災の後すぐに作ったものだが
誰でもできて、自然な変化が起こりやすい。

自ら気持ちのいいところへ、近づいていく。
自ら辛いところから、離れていく。
その体験を、「心がおちつく やさしい気功」で積み重ねていこう。

秋の心

心と体は、同時進行。
誰かに話を聞いてもらったら、「体が」楽になっている。
苦しみ、痛み、辛さを感じているのは体。
出来事に反応して、体が緊張を作り、苦しみを作り出す。

誰かに甘えたい。こちらを向いて欲しい。
病気であれば見てもらえる。やさしくしてもらいたい。
例えばそんな時、「心の痛みを長引かせよう」という無意識の思いが
体の中に毒を作り、免疫を効かなくさせて
辛い状況が続けられるようにする。
その連鎖を断ち切るには、「心の持ち方が変わる」
「体の違和感を取り除く」両方の手段がある。

特に、「体の違和感を取り除く」と、楽になり、
不安が生じにくい体の状態になる。
そうすると、嫌なことが起こりにくくなる。

仮病は使ってもいい。どうしても行きたくない時、それは便利。
けれど仮病であることを意識し、それを認めると
病気を不必要に長引かせたり、不要な仮病を使わなくて済む。

「冷えたら温める」ように、
悩み・苦しみが生じるたびに、体の違和感を抜いていく。

その都度、体の方から調整することで、心のキャパシティが広がる。
「自分でする」ことに意味がある。
悩んでも、嫌でも、全部ok。体を通じて解消できる。
そうして、心がしなやかになってゆく。

5つの分類
1.悩む ・・首・頭をゆるめる
 首がやわらかいと、悩まない。目を使いすぎると悩む。
 スマホの普及で、全世界が悩む体勢をとるようになっている。
2.嫌だ ・・お腹
 笑うことがいちばん。食べたり、おしゃべりしたり。
3.コンチクショウ ・・腰をゆるめる
4.苦しい、言うに言えない ・・胸をゆるめる
5.ゆるせない ・・骨盤をゆるめる
 *『はじめての気功』p.135 「心を休める」参照

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功から]

(純)

2016.10.19

その通りに認める 〜10/9京都

「ゆるむ→感じる→自然に動く」、『気功入門』で先ず述べられるサイクル。
秋と、その関係からお話がはじまりました。(純)

2016/10/9 天野泰司

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ゆるみの中に、集中感。集中のなかにゆるみがある感覚。
そうした時に、感覚が働きやすい。

例えば、将棋をさしている時。
リオ・オリンピックのバトミントン女子ダブルス、最後の逆転

秋は、そうした状態を作りやすい。
春は骨盤が開いていくので、心の開いていく幸せ感。
秋は、気温が下がって骨盤がひきしまり、独特の集中感が出てくる。

その時に頭がゆるんでいると、リラックスが深くしかも集中した
感覚の豊かな感じが生まれやすい。
「ゆるむ→感じる→自然に動く」、のサイクルが起こる。

感覚が働きだし、自然に動きが起こったら
大切なのは、「その通りに認める」こと。
そうすると、不要な不安がなくなり、能力を伸ばす方向へ
潜在意識が働く。

認めた通りのことが起こる。
そうして、身の周りの世界ができあがる。
「この子はのろくて」と認めると、のろくなる。
ただ、今ゆっくりしたいだけかもしれない。
いいかげんに見て、それを認めると、次々にその通りのことが起こる。
そして、「その通りになっているんだな」と
気づくだけでフィードバックが起こる。
思考が整理され、不必要な認め方が少なくなってゆく。

例えば、「これはこうなんだ」→「今、〜をしている」
「寝坊をしている」→「今、寝ている」といったように。

正確に見ていくことが大切。
状況をそのままに見る、感じることで、ゆるみが深まる。
感じようとする心には、体からの主体性が働く。
「ゆるむ→感じる→自然に動く」の連鎖が起こると、
より大きなゆるみが起こり、より感覚が高まる。
結果、健康度が高まる。

そうした、「全面的な集中感」には必ず気持ちよさがある。
それを味わい、最高の気持ちよさを感じる方向を選ぶと
心身ともに全力が発揮される。

[実習・心がおちつく やさしい気功

一点に集中する気持ちよさと、
全体的な気持ちよさは交互に表れる。
全体的な気持ちよさは、漠然としやすい。そこで、一点に集中することも必要。
そうするとまた、全体的な気持ちよさを感じ取りやすい。

一点は全体を宿し、全体は一点に現れている。

たとえば腎臓。
秋は、汗をかかなくなるので、腎臓に負担がかかる。
腎臓は2つあり、そうした臓器は片方をよく使う傾向にある。
そうすると、腰の片側が張り、腰のねじれが生じて、
腰痛が起こる。

なので秋は、腰を強くしていく好機。
腰が決まらないと、あれこれ言うことが変わり、優柔不断になる。性格ではない。
腰や、後頭部に気をあつめることで、ねじれが少なくなり
決断できる体になる。

[実習・腰椎3番・腰部活点、わきばら、腎臓のてあて、
体をねじる、足の裏をゆっくりなでる〜足裏のてあて]

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功

(純)

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