気功のひろば

ブログ

2019.12.20

無一物中無尽蔵 〜高野山にて

2019.11.16-17、「禅密高野山合宿」。

西田天香さんの「無一物中無尽蔵」をキーワードに、
弘法大師空海「秘蔵宝鑰」、
劉漢文・禅密功から「陰陽合気法・人部」。
時代の違う3人の共通点に光をあてて、
体を動かすことと、瞑想を中心に深まりある合宿となりました。
最初の講義から、まとめます。(純)

於: 高野山普賢院 話: 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たちが今学んでいることが、弘法大師やそれ以前のお釈迦さまたちが
やろうとしたこととクロスオーバーしている。
空海は、それまでの仏教のように段階的・間接的でなく、直接本質(秘密の蔵)に入ってしまう、
そのために高野山という場所を選んだ。
私たちはもう秘密の蔵の中にいる。観念してください(笑)。
人は幸せを求めて生きている。それに近づいていく合宿に。

*西田天香さん語録から

・無一物中無尽蔵、有花有月有楼台。
・物そのものは本来誰のものでもない すべて全体のものである
・拝むと云うのは自分をなくするのです。
 自分をなくすると全体が自分である。

・本来自分の物、そんなものがあるはずがないのです。
 無一物にいて祈りに祈る生活が、この上もない無尽蔵の宝を持つ、まことに如意宝珠であります。
・無一物と言うと無尽蔵が隠れ、無尽蔵と言うと無一物が隠れてしまいますが、
 これは見方によって何とでもなることなので、正しく言えば、
 無一物がそのまま無尽蔵であり、無尽蔵がそのまま無一物なのであります。

・自分というものに執われないと全体が一つである、ということがよく分かる。
 この自分というのは、迷いの世界である。
 「元来は一つである」ということを知ったとき、我々の本国を知ったことになる。
・拝んでいないとき、ほんとうに拝んでいることがあるのです。
 力んだり騒ぎ立てたりして拝むことは、仏には通じぬ。静かに自分が仏と一つになるように拝むのです。

・われらは〇の当体に帰ることによって、生死を超えることができる。
・今一番世界で要求していますものは、落ち付いた生活でありましょう。
 それは、思い切って複雑な物を捨てることによってでないとあらわれてまいりませぬ。
 あらゆる点において人類全体が楽しめること、落ち着けること、
 そうしてまた闘争しないような平和な世界を生み出すには、
 極度に単純な、ありのままに帰らなければならぬ。
 そうしたものが一番値打のあるものです。また美しい尊いものです。

天香さんの生き方そのものが、この思想を表す。
何も持たない。所有を完全に捨て、それでいて周囲が助けてくれる。
共鳴した人が集まって山科に一燈園という場ができたが、場も預り物。
年末になると全部置いて路頭に帰り、呼びにきてくれる人があると戻る。
何も持たないことが、全ての力を自分の中に持つことと同じになる。
それを、金銭や物が動くこの世界でやってみせた稀な実践。

今ある宗教は一方でお金を稼ぎ、また教えていく両輪だが
そもそもは、お金も、教えも誰のものでもない。
その原点に還ると執着を捨てやすくなる。
「私」が執着の源。

「陰陽合気法・人部」の瞑想も同じで、
自分が色濃くある状態では瞑想はうまくいきにくい。
自分というものをなくしても大丈夫なんだ、と最初に知っておくと
瞑想がはかどる。秘密の蔵に直接入る準備。
色んなものを持ちながらでは遠回りになる。

*空海「秘蔵宝鑰」

「秘蔵宝鑰」は空海の主な著書のひとつ。
ちくま学芸文庫「空海コレクション1」がわかりやすい。

序が有名、文章が詩的で美しい。
・・牛頭 草をなめて病者を悲しみ
 断し車をあやつって迷方をあわれむ
 三界の狂人は狂せることを知らず
 四生の盲者は盲なることをしらず
 生まれ生まれ生まれ生まれ 生の始めに暗く
 死に死に死に死んで 死の終わりに冥し

「生死、輪廻を巡って闇の中をさまよっていることを皆気付かない。
私は教えてくれる師があった、迷いから抜け出してください」ということを言っている。
空海は、すべてをかけてそれをやろうとした。

実際のやりかたの書かれている部分。
「十住心論」の10番目に、
空海が唐の恵果阿闍梨からいただいてきた密教について書いている。

・・凡ゆ伽観行を修習する人は当に須く具に
三密の行を修して五相成身の義を証悟すべし。
いうところの三密とは、一に身密とは契印を結んで
聖衆を召請するが如き、これなり。

二には語密とは密かに真言を誦して文句をして
了了分明ならしめて誤謬なきが如きなり。
三には意密とはゆ伽に住して白浄月の円満に相応し、
菩提心を観ずるが如きなり。
次に五相成身を明かさば、一にはこれ通達心、
二にはこれ成菩提心、三にはこれ金剛心、
四にはこれ金剛身、五にはこれ無上菩提を証して
金剛堅固の身を獲るなり。然れどもこの五相、
具に備うれば、方に本尊の身と成る。
その円明はすなわち普賢の身なり。
またこれ普賢の心なり。十方の諸仏とこれ同じ。
またすなわち三世の修行、証に前後あれども、
達悟に及び已んぬれば去来今なし。
凡人の心は合蓮華の如く、仏心は満月の如し。
この観、もし成ずれば、十方国土のもしは浄、もしは穢、
六道の含識、三乗の行位、及び三世の国土の成壊、
衆生の業の差別、菩薩の因地の行相、三世の諸仏、
ことごとく中に於て現じ、本尊の身を証して
普賢の一切の行願を満足す。
故に『大毘盧遮那経』にいわく、「かくの如く真実心は
故仏の宣説したもうところなり。」と。・・・

具体的なやりかたのエッセンス。
月輪を観想する阿字観の後半、光の瞑想。
三密相応(身=手印(体を使う)、口=真言、意=イメージ、仏の光と一体になる)は
「陰陽合気法・人部」の瞑想ととても近く、おそらく源流が同じではないか。

空海は唐の時代、西安で法を授かって戻ってきた。
日本からゆく時は学生僧、帰ってくる時には膨大な教えと共に「虚往実帰」。
行く前の修行で直接感じるものがあって、行くとそれが体系だって詳しく書かれたものがあり、
そのまま全部受け取ることができたのではないか。

阿字観の「あ」は、存在の否定、ない・空という意味。

・・(本文より)本来金剛薩埵である私たち。日輪と月輪の観想によって照見した本来の心は、
静かで清らか、満月の光が虚空に満ちるようで、知覚や思慮を離れた真理の世界。
観想は悟りの知恵の実践、生きとし生けるものはすべて普賢菩薩の心を持っている。
満月の丸くて明るい形は悟りを求める心と似ている。・・

ここはちょうど普賢院。
「みんなの中にもともとある賢さは平で清らか、まん丸な白い光のようなもの」。
空海のいう、それを実際に禅密の瞑想でもやっていく。
禅密では「先天に戻る」「逆行の道」という。
今回「秘蔵宝鑰」を読んでみて、
禅密の瞑想は高野山の瞑想体系ととても近いことがよくわかった。
うまく伝わっていない実践の部分を、
私たちは幸い、よく学ぶことができている。

[実習・肩の荷がおりる気功 変形版]

*禅密と性

禅密は、性の働きをうまく使っていく。
今まで受け取ってきた性にまつわるタブー感、嫌な感じ、情報をクリアにすることが大切、
そうすると直接そのエネルギーを使えるようになる。

真言宗では理趣経をよく唱える。
最初の部分に、性の喜びは仏の境地、日常の出来事全ては仏の境地であると細かく書かれているが、
そうして、観念を塗り替えることが必要な時がある。
本来の純粋さを取り戻すことが大切。

生活すべてが仏の境地。例えば赤ちゃんの存在もそうだし、
野生の動物が狩をして他の動物を食べていることも、あっと思うが動物自身はそう考えていない。
残酷、と思うのは私たちのなかに残酷さがあるから。

これから使っていく性的な力は、手垢のつきやすいものだが
「これも仏の境地」と思っていただくとたやすく外せると思う。

禅密ではまず密処の感覚をつくっていく、体の中に火を灯していくことで動いていく。
それが光になったり、円相になったりするもの。
簡単なことがいちばんいいので、おちつく気功をやりながら禅密の感覚を織り交ぜていこう。

[実習・心がおちつく やさしい気功 禅密版]
肉中肉・密処の気感をもちながら手をなでる。
背骨を自然に動かしながら、顔をなでる。慧目が開く。(後略)

[実習・陰陽合気法・天地部]
劉漢文先生は単純明快、
「深刻に一生懸命やらないと気なんて動いてこないんじゃないか」というような思い込みを
見事に崩してくる。もともと天地と一体な訳だから、
わざわざ天地と一体になるために、一生懸命なのはおかしなこと。
あれこれ考えるのではなく、天然の只中に入っているような感じならok。
そうでないと、観念を崩していくことも必要になってくる。

(阿字観の図をさして)阿字を見て、このまるい光に一体化していく。
「あ」は空、そうだと思ったら違う。
般若心経にも二重否定がたくさん出てくるが、こうだと思っていることは怪しいと思って。
光と一体になっているような感覚がふっと出てきたら、いい瞑想になっている。

・・・一に身密とは契印を結んで聖衆を召請するが如き、これなり。
二には語密とは密かに真言を誦して文句をして
了了分明ならしめて誤謬なきが如きなり。
三には意密とはゆ伽に住して白浄月の円満に相応し、
菩提心を観ずるが如きなり。・・

禅密はシンプル、太陽なら太陽、月なら月、星なら星の光を観想してひとつになる。
宇宙との一体化すなわち仏になることを意味している。

ゆ伽は身体的な工夫をしていくこと。ひとつの教えのくくり。
ゆ伽密、無上ゆ伽密の段階があるが、禅密は無上ゆ伽密の直接体験の道しるべ。
意密がメインになる。

[実習・陰陽合気法・人部の前半]
(純)

2019.10.20

いのちの学校・はぐくむ

こどもを授かる可能性のある方、まとまった話を
天野から聞いておきたい方などを対象に、
「いのちの学校」を開講しました。

 気功協会には、ご家族のペア会員が18組、当日は5組のペアが。
私たちも含めて、6組プラス女性達で
生命を成り立たせる不思議な力、そのあたたかさ、
大きさに包まれる一日でした。
午前のお話から。次回は「更年期」11/4です。
(純)

 2019.9.16 於:アスニー山科 和室
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*体の感度を上げる

妊娠出産にはさまざまな情報があふれるが、技術以前に、
まず大切なことは「自然を取り戻す」=「体の感度を上げていく」こと。
感度が上がれば、不自然なことがあれば自然に調整されていく。
その上で、手に負えないことや、
その部分の自然が立ち遅れ、敏感になってほしい時には、気を集めていく。
普段の気功と何も変わらない。

体の中で、とくに性の働きと関係のあるポイントを知って、
一通り観察したり触れていくと、自然に気が集中して、
体がなんだか変わってきた、いい感じになってきたなと思う。
そうした、自然な変化が大事。
方法や技術は多くあるけれど、本来「しなければならない」ことは、ない。

*骨盤と性の力

「妊娠・出産」イコール「腰椎・骨盤」。
性の働きが潤滑で元気だと、生きている楽しみは大きい。

女性は骨盤の横幅が広く、動く範囲が大きい。
骨盤が豊かで張りがある、それは性の力が大きいということ。
毎月、生理という出産の予行演習があり、
骨盤が開いては閉じてゆく。
そのゆったりしたリズムが「女性的な気持ち良さ」、
持続力のある集中感。
男性は、強く収縮した後に大きくゆるむ気持ち良さ、と言える。

開いていって、自他の境がなくなる。
溶け込み、受容する。
ゆるみきったところから、閉じていってまとまる。
生理の時に、その気持ち良さを味わう。
痛みがあったり、辛さがあっても、そうしたことをふと意識してみるとよい。

骨盤のそりがあることが若さ、
骨盤の位置が落ちて、性の働きが鈍るのが老い。

*今ここにいない、誰かのために全力で

男女が一緒に生活していると、2人の体が映し鏡のようになる。
女性が妊娠すると、男性の体にも反映し、同じ兆候が表れる。
だから妊娠以前に、2人でこうして学び、体に落として、
互いに、そして自分で調整していくと、すごくいい子が生まれてくる。
多くペアで参加していただいて、「よくここまで来たな」と
今この機会をとても幸せに感じている。

新しいいのちを育んでいこう、という気持ちが今ここに充満している。
見守る立場の方も含めて、「いのちを大事にしていこう」という気持ちが大切。

「私の」子供、「私の」赤ちゃん、という意識を手放すと
「はぐくむ」感覚が生まれる。

実際に子どもがやってきた時も、その感覚は全くない。
もちろん、遺伝的要素はあり、似ていたりするが、
どこからか、私たちを選んで、見ず知らずの新しい魂はやってくる。

今ここにいない誰かのために、全力で生命を開花させる
サポートをするのが、夫婦というペア。
そのひとの個性・能力が一番発揮される状態にもっていく、
そのために、妊娠前の・妊娠中の体を整える。

女の子が生後13ヶ月、男の子が15ヶ月までがいちばん大切。
成長して、思春期を終えたらサポートも終えていく。
性の働きが盛んになり、完成する頃。

「いつか出会えるかもしれない、新しいいのちのために」体を準備する。
「新しい生命の座」、体を玉座のように。
緊張感を持って頑張るのではなく、とことん気持ち良くゆるめること。
生活に、生理時に、行為に、出産に、
体の底から気持ち良い、ゆるみと引き締まりを感じていく。
それは、気功をしたりお散歩をすることでも味わえる。

お互いに大切にし合って、新しい命ができてくる。一人では妊娠しない。
男性は、毎日が排卵日。体を整えることに大きな意味がある。
体が、その決意をするかどうか。

[実習・てあて〜頭部活点と妊娠活点]お互いに。
[実習・足のてあて]膝にてあて、上下に動かし、膝裏てあて。内股、足首、くるぶしをなでる。
[実習・足首まわし]足首をそれぞれまわしたい方向へゆっくりまわし、横になって、のび。
足=骨盤、違和感を抜くことが大事。

待つことが大切。
自ら育つ、大きくなる、学ぶ。すべてオートマチック。
打撲にだけ注意して、打つことがあればなるべく早くてあてする。

[実習・立ってうごく]体の底から気持ちよく。
気功をしたり、お散歩をしたり、骨盤の動く気持ち良さを培う。
生理も、出産も、気持ち良さがある。それを探す。
気持ち良さを培う=性の力を培うこと。

*生理のときは

生理の1日目、2日目、骨盤が開いていくのを足湯でサポートする。
3日目がいちばん開いて出血も多い。ちゃんと開くと、閉じやすい。
目の温湿布で、精神的な緊張を抜くとゆるみやすく、とてもほっとする。
4日目以降は、卵巣のてあてをし、次の排卵にそなえる。

気をつけることは打撲、とくに女性の腰から下。
手首の緊張。手首が狂うと腰椎が狂い、子宮の位置が変わる。
あたためるか、ふってゆるめる。

生理中、妊娠中に目の温湿布をするのもよい。
ほっとすると、骨盤がゆるんで開く。
妊娠とは、骨盤が開いていくこと。それを滞らせないようにする。

*妊娠は勘

妊娠初期、2ヶ月目くらいから骨盤が開いてきて、気持ちもほわん、としてくる。
スムーズに開いてこない時に、つわりが起きる。
骨盤が開いてくると、安心感が湧き、受容的になる。
初期の頃に、「自分のしたくないこと」をしない。
勘がよくなって、ピリピリした感じがする頃。
シビアに、「自分のしたいことをする」。

骨盤は、最後の4週で少しとじる。気持ちもすこし閉じた感じになり、
おなかが少し小さくなって、4週で生まれる。

[実習・耳下腺のてあて]ひとりで・お互いに。
てあては、互いの命に対する礼。
いのちを大切にするありかたにつながる、いのちをはぐくむ原点。

こどもを授かりにくいときは、体の準備が遅れている。
とりもどす第一が、耳下腺のてあて。
二番目は、胸腺のてあて。
行為の後で、甲状腺のてあてをするとよい。
子どもを迎え入れる感覚で、行為をしていくとよい。

妊娠は勘。体が勝手にそちらへ動いていってしまう。
排卵を体で感じるようにするのが、最高の誘導。

2019.10.18

心のリラックス〜9/8京都

毎月第二日曜、「季節の気功」9月のお話から。
*次回→11/10「冷えに強くなる」

2019/9/18 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*秋をあじわう

季節の巡りが、変化を生む。
生きる中で様々なことに出会う。辛いこと、楽しいこと、
ずっと続くといいな、と思ったり
これが続くとどうしよう、と思ったりするけれど、
季節は、ピークを超えてはまた巡り、必ず動きがあって循環している。
暑さが過ぎると、また涼しくなることを体が事前に察知して準備している。
もし、今が「最悪!」であっても
冬なら春を思い、夏なら秋がくることを思う。

新春の頃、体は春を感じて動き始める。
生まれ直す感覚、体も立て直す時。
春に向けて骨盤が開き、体は毎年リセットされる。
例えば、赤ちゃんが生まれたら、家中にその新しい気配が充満し
男性もフルリセットを体験する。

春は勢いがあり、秋は落ち着きがある。
季節の巡りの中で、体は次の春に向けて準備してゆく。
秋を心地よく過ごすと、春が気持ちよく迎えられる。

秋は、冬に向けて体が引き締ろうとするが、引き締れない部分が出てくる。
左右差が生じて、腰のねじれや冷えにつながる。

症状が出てきたら、「その場でほどく」ことを繰り返しやっていく。
多少は気にしないでやっていくことが積み重なると、体が鈍ってくる。
小さな異常をその場でリセットし、切り替えていくことで、生きる楽しみが増えてゆく。
渦中にあると、気持ち良さに気づかない。
一年のなかで、いまが「秋の入り口」にあることを思い、
秋の気持ち良さを味わうように。

*軽くなる私

生まれて、死んでゆく、どちらも同じ輝き。
暖かさと真剣さを持って向き合う。
死に向かうときは、積み上げてきたものを下ろしてゆく。
四十九日という修行期間に、7日づつ7体の仏がついてくれて
さまざまなものを落とし、
そして1周忌はどの仏、3回忌はどの仏、と
解脱に向けて、あらゆる束縛を解いてゆくのが輪廻思想。

苦しみや辛いことに煩わされない世界があり、
そこへいくことができるかもしれない、
それを成し遂げたブッダという方がいて、
生きている間にも
そちらの方向へ向かえばいいんだな、という空想は、大きな力がある。

「悟り」は、特別なことではなくて、とらわれからふっとぬけた状態。
歩いていてふと気持ち良い瞬間があるように、日常の至る所に悟りがある。
昔の生活はシンプルで、生きていければいい、ような時代が続いた。
「妙好人」のように、市井の隅にある人がただ念仏を重ねるうちに
その言葉やありようが人を助け、後世に残る例もある。

毎日、何も考えずに繰り返しできるような状態を作るとよい。
気功はその一助になる。
シンプルなことを、何も考えずにたんたんとやっていく。
自分のなくなった感じ、軽くなる感覚。
自分で設定している「私」がほどけたとき、ほんとうの自分が現れてくる。
心が休まって、小さいレベルの悟りに出会っていく。

例えば「ふりこ」、単純な動作の繰り返しで、意識がほどけていく。
順番や、様々なことを忘れて、何もない集中した時が生まれる。

坐禅をしていて、様々なことが浮かんで集中しにくいものだが
何をしているかわからないくらいの感覚で座っている時には、
警策は通り過ぎていく。

辛い思いが浮き出してくる時がある。
昔の傷や、苦しかった体験など、
心の奥深くで、見えなかったものが顕在化する時が、変わる時。

漠然とした嫌な感じや、辛さと同時に、体になんとなく嫌な感じが生じてくる。
その時に体の違和感をなくす。
迎え入れ、気持ちよくなるように。

辛さを他人のせいにすると、すりかえが起こる。
少し楽になったような気がして、スッキリ感があっても
自分の苦しみは保存されてしまう。

辛さが出てきては、消えることを習慣づけていると、
辛いことを体が最初からよけて、受けないようになってくる。

[実習・頭部活点のてあて〜おちつく気功]
左右の、「鬼の角の生える場所」、耳の前を上がった処と、黒目を上がった交点。
骨の隙間で、手の止まるところに指先をあてる。
押すのではなく、ゆっくりと。

[実習・わき腹をつまむ・内股をなでる]
秋の、からだのねじれをとるポイント。ゆっくり、ていねいに。

[実習・立って動く]
ねじりのふりこもていねいに。左右、ねじりやすいほうに少し大きくすると
調整される。

後頭部中央のてあてもよい。(純)

2019.08.11

夏のさなかに〜8/10中之島

38度、9度と高温の関西。
フェスティバルホールの上、遠くまで見える12Fのスタジオは
都会の快適さがあります。
会場に、おしぼりが備え付けてあるのはありがたく
それを使って「目の温湿布」の体験も。

ひとつの動作が終わるたびに、楽になっていった酷暑の朝でした。

  2019.8.11 於:朝日カルチャー中之島 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*汗は天然のクーラー

夏は、頭に上がった気を下ろすことが大切。
「上がっている」指標は、みぞおちが硬い。頭が忙しく働き、食欲が落ちる。

夏は本来活動的な時期だが、昨今は高温すぎて動きを止めなければならない時も。
けれど、冷静に、寒くて大変な頃と比べると、
体はやわらかく、動くことに適応しやすい。

ヒトは、活発に動いて汗をかく動物。
猿から進化した時、「汗をかく」という機能が備わって
長く走ったり、行動できるようになった。

汗は、天然のクーラー。
こうして涼しい部屋で座っていても、微妙に汗をかき、発散して、
その気化熱が体を涼しくしている。
辛いものをたべて汗をかいたら、頭のクールダウンになるし
体温より高いような空気でも、風があると、汗が飛ぶので涼しく感じる。

ベトベト、だらだらと汗をかくのがよいのではなくて、
気づかないほどに汗が出ている状態、
微妙に汗が出て、常に蒸発しているような状態がよい。

部分的に、汗がかけないようなところは、停滞を起こしている。
温湿布や手をあてて、汗が出てくるようにすると
つかえがとれる。
汗がスムーズにかける体が良い。

*頭の気を下ろす

夏は、頭に気が上がって、オーバーヒートしやすい。
高温であることと、現代人がよく目を使うことにも起因している。

(「今、目が疲れていると思う人」・・ほぼ全員が手を上げる)
目は、大脳と直結している。外に飛び出した脳。

[実習・みぞおちをゆるめる]
みぞおちは、上半身と下半身の境目。
つかえをとることで気が降りて、楽になる。
息を吐きながら、指で軽くおしこみ、体をすこしまるめる。
指をゆるめて、息が入ってくる。同時に、腰から順に上半身を立ち上げる。
ゆっくりと。

[実習・目を休める〜目の温湿布]
ゆったりともたれるように座り、
あたたかいおしぼりを、たたみ直して目の上にあてる。
さめてきたら、お湯をかけて絞り直すとなお良い。

気を下ろす場所として、鼻も覚えておくと良い。
鼻をあたためると、腰の過度な緊張からくるイライラが抜ける。
高熱が下がらない時にもたいてい下がる。
足湯とともに、女性に特に良い。

寝る前に、足をなでたり、てあてするのも気が下りてよい。

暑さでのぼせるときは、つめたいおしぼりを
前髪の生え際・中央にあてる。
氷水につけて絞るとよく、臨時の時は缶ジュースにハンカチをまいても。

[実習・脳活点]
後頭部のくぼみ「ぼんのくぼ」から、骨ひとつ分下、
頚椎2番の左右、指2本分。
手の止まるところに指先をあてる。
上を向いて、楽になる首の角度をさがす。

[実習・頭部活点]
夏バテ、体力のない時に。

左右の、「鬼の角の生える場所」。
耳の前を上がった処と、黒目を上がった交点。
骨の隙間で、手の止まるところに指先をあてる。
押すのではなく、ゆっくりと。

心得のある人にてあてをしてもらうと、すーっと疲れが抜ける。

[実習・心がおちつく やさしい気功

(純)

2019.07.26

ハライとコイ〜7/17京都

木曜日定例クラスのお話から。
祇園祭のさなか、7/17と24を合わせて。

於:朝日カルチャー京都 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*ハライとコイ

祇園祭が「前祭」「後祭」と、昔の形に戻って何年か経った。

「前祭」(さきまつり)では、山鉾が逆時計回りに巡行し、各町内の厄を落とし
集めて、戻ってきたらすぐに解体する。
そしてお神輿に乗った神さまをお旅所まできていただいて、
「後祭」(あとまつり)では、山鉾が順時計回りに
鴨川の流れにそって巡行し、神様が八坂神社に還る。

古神道では「ハライ」→「コイ」、
古い密教の流れをくむ禅密功では、「消災」→「植福」といい、
消災は逆回り、植福は順回りと、回転方向も一致する。

本来は、災・福の区別なく、全身で生きているものだが
実際に体が感じている痛みと、認識、意識の働きにズレが生じて
行き詰まりや、具合悪さが生じる。
何か外因があって「私はこう」と考えやすいが
その心と体の隔たりを、神様ごととして釣り合わせてゆくことで
我、自分を越えて何かに預けていくことで
過剰な期待が吹っ切れる。
内側の争いがなくなり、バランスがとれていく。

それは、気功も同じ。
自らの体との対話から、「私」「我」を越えたものとの調和が起こる。

普段は「私」と思っているものが私だが、
「私」の範囲が限定されなくなっていく。
日本語には主語がなく、「私を越えた私」が好んで選ばれてきた。

そうした全体的バランスのなかで、「生きている体」の位置を取り直すのが
気功であり、おまつり、本来の選挙。

ちょうど選挙があった。
政治は「まつりごと」と言い、真に釣り合わせることを言う。
さまざまな違い、意見を、ヤジロベエのように釣り合わせていく。
一度「払い」があって、「請い」。
このタイミングはなかなかいい。
バランスを取り戻すことで、心身は一番適切な働きをする。

*発汗をスムーズに

汗は天然のクーラー。夏の健康は、
汗をかくこと、かいた汗が冷えて再吸収されないことが大切。

さっと汗をかき、どんどん乾く状態がよい。
足の太ももの裏は、汗に直結している。
かかとをつきだすようにしたり、よくなでて伸ばす。

夏の足湯は、発汗をうながす。何分、と決めないで、
左右差にもあまりとらわれず、ほんのり汗ばんだらそれで良い。
疲れが抜ける。
秋の足湯は、冷えやねじれをとる。また役割が変わってくる。

体の疲れは、筋肉に乳酸などの疲労物質が溜まっている状態。
いらないものを、部分的にたくわえている状態。
その部分がゆるみ、汗が出ると、一気に疲れが抜ける。

後頭部中央のてあてもよい。(純)

2019.06.16

内なる力を引き出す〜6/9京都

朝日カルチャー京都、第二日曜午後「季節の気功」
6月の講座から。

 *次回は 7/14「呼吸が深くなる」です。
 2019/6/9 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*ちょうどいい全力

私たちが潜在的に持っている力は大きく、使っていない部分も大きい。
入ってきたエネルギーと、出ていくエネルギーに釣り合いがとれているのが
ちょうどよく、力を発揮できている状態。

生活レベルが昔より上がって、エネルギー余剰が生じ
それが疲労感につながることもある。
消耗のために本来必要のない病気をしたり、
体への嫌な感じを少しずつ出していく、といったことも起こる。

何か晴れない感じ、心理的負担、病気という方向から
本来の力の使い方へ戻していく。
一つは物理的に、体を動かすこと。
もうひとつは、自主的・主体的に、人の役に立つことをしたり
責任のあるポジションにつくのでも、使うエネルギーは大きくなる。
「ちょうどいい全力」のスイッチを入れることで、
内なる力は引き出される。

*力を抜いて動く

力を発揮したくても出せない状態を解消することで、
うつうつとした「今まで」も、解消していく力になる。

それは社会的に動いていくことだけではなくて、
梅雨という湿度の高い季節に対応する方法を身につけることも同様。

雨が続くと、外出がしにくく、物理的に「力を発揮したくても出せない状態」になる。
また、湿度の高さで、皮膚がべたついて汗が出ないので、
呼吸がしにくく、肺の中も同じ状態になる。
呼吸の量が減って質が鈍る。
出た汗を冷房などで冷やし、一度捨てた不要物を体内に再吸収してしまうことも。
そうしたことで腎臓が疲れ、腰に至り、だるさや腰痛を引き起こす。

動きにくい中で動くには、「力を抜いて動くこと」が最初のスイッチ。
動きやすくなり、出切らなかった汗が出て、腰が楽になる。
[実習・肩の荷がおりる気功

*頭を休める

様々なことが身辺にあって、なかなか自分に集中していない私たち。
自分に改めて集中すること。
それが、「私に気をあつめる」ことになる。

昨日兄の部屋を片付けていたが、物が多いと必要なものにたどりつけない。
同じものがいくつもあったりする。
同じように、頭の中も整理する時間=体のゆるむ体制を自分でつくる。
[実習・心がおちつく やさしい気功

心理的な緊張は、首のサイドライン・目・アキレス腱などに出る。
ふんわりとてあてしたり、お湯でしぼったタオルであたためる。

*梅雨のポイント

[実習・指をのばす]指の間の水かきをつまむ。
手足の指を一本ずつ、ゆっくり回してからじんわり引っ張る。
指を全部開いて、遠くへ伸びてゆくイメージを持つ。

[実習・胸椎5番]下ろした手の手首を立て、指先を後ろへ回していく。
肩甲骨どうしが近づき、体が少しそって、上を向く感じ。
ふっとゆるめる。上胸部がゆるんで、目や呼吸が楽に。

続いて、片手を上、片手を下にして、
手首を立てて、天と地を手のひらで支える。
肘を後ろに、肩甲骨を寄せ、ポンとゆるめる。
胸椎5番がゆるんで汗のかきやすい体に。

[実習・ゆする]立った状態で膝をゆるめ、こまかくゆする。
自由に、ゆれたいところをどんどん探していく。
だんだんに止まる。

[実習・脚の裏側]この時期にちぢみやすい部分。
座るか寝て、かかとを突き出し、ももの裏側からふくらはぎ、
脚全体の裏側を伸ばして、ふっとゆるめる。

[実習・てあて]後頭部の中央。上から指でたどって、
手のとまるところにしばらく軽く指をあてる。
脇腹をつまんでから、おへそと腰の裏側(命門)に、
片手づつあててゆっくり集中する。

(純)

2019.04.23

生まれ変わる心と体 〜3/23中之島

2019/3/23 於:朝日カルチャー中之島 天野泰司
  *次回は5/25「眠りを深く」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*冬から春へ
春分の頃から、体が春に切り替わってゆくが
つかえて止まっている部分や、気分が切り替わっていないことがある。
なので、寒の戻りはありがたいこと。
取り残されたグループが、行きつ戻りつ、
変化についていきにくい時、人にメリットになる。
今日は冬から春の調整をたどっていこう。

1月頃、冬は後頭骨が開いて上がる。
無心な、ポカンとした状態に身を置いて、頭をゆるめる。

2月頃、肩甲骨が開いてくる。
肩をゆるめる。
花粉症的な症状の大部分は、自ら肩の緊張をほどこうとしている。

3月頃、骨盤が開いて上がる。
骨盤は収縮、弛緩の最もはっきりした部位。
ダイナミックに、ふわっとゆるんでくる。
骨盤がゆるんでくると、「なんとなく楽しい」気持ちがあふれてきて、
嫌なことを感じなくなる。
それは、誕生の感覚。

私たちの前には、様々な過去が壁のように立ちふさがり
過去と向かい合いながら生きている。
失敗、辛苦、こんな目にあった、どうせ私など・・といった思い、
骨盤が緩んでくると、心が広がって
そうした思いや、過去にとらわれる気持ちが重要でなくなる。

それは、「今までの私」が一度死ぬことに近い。
春は、再生のとき。
小さい「私」から、自分の枠を超えて心が広がっていく体感。
今までつみあげてきたことに、こだわりがなくなり
身辺に、ワクワク感がいつもある感じ。
赤ちゃんが何をみても新鮮、そうした感覚。

自然には、同じ瞬間がない。
大人でありながら、そうした感覚で心身が変化する季節。
日々、違った心持ちで。

[実習・あくび〜心がおちつく やさしい気功

*天然の自発性

イチロー選手の引退会見を聞いていた。
自分に素直に、自発性にブレーキをかけなかったイチロー。
どこから切ってもよくわかる会見だった。

子供の成長と同じ、自分の中で設定したハードルを超えて、また超えて。
「天然の自発性」が働くと、気づくと能力が得られている。
ほんのすこしでも、能力が上がっていく方向、
心の明るさを取り戻し、体が元気になっていく方向へ向かう。
完全にクリアできなくてもいい。
流れ出すと、止まらない。
まるで、誕生の時のように。

他人の設定したハードルを外す。
肩の荷をいったん下ろす。
自分が設定したことは、肩の荷にならない。

昨日より、今日が気持ちいい。
十分なリラックスが大事。

[実習・「肩の荷がおりる気功」春ver.]

*春の体と花粉症

骨盤の中には、複雑に多くの関節がある。
花粉症の場合は、左の骨盤、仙腸関節につかえがある。
それには、目と鼻をゆるめる(=てあて、温湿布)こと、
肩甲骨、肩をゆるめる(=肩の荷がおりる気功、ふりこなど)を
気持ちよく、楽しい感覚でやっていく。
努力するスタイルは、ほとんどの人に合わない。
一斉に、体に花が開いてくるような感じで。

そして、骨盤の気持ち良さを高めること。
つまり、日々、嫌なこと・大変なことをできるだけしないで、
気持ちよくすごすことが大切。
「嫌なことをしない」ことが、大きい変化を生む。

嫌なことをしないといけない時は、全く無理しないでいい時間を
一日の中で確保する。
そうすることで、嫌と思っていた中に、面白さを受け取る能力が広がってくる。
それは、心の能力が上がっていく流れ。
どんな技術も追いつかない。

(純)

2019.04.23

心がひろがる〜4/14京都

朝日カルチャー京都、第二日曜午後「季節の気功」
4月の講座から。

 *次回は5/12「過去を乗り越える」です。
 2019/4/14 於:朝日カルチャー京都天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*心は広いもの

心は、もともと広いもの。
国や地域、親、周囲の人、学校、そうした条件で
本人が気づかないうちに、狭くなってくる。

この季節は、そうしたことに気づく好機。
赤ちゃんのように広々とした心、子どものようにのびのびした心。
そんな心を取り戻すことで、生きていくのが楽になる。

動物は、先の心配はしない。
思考があり、言葉を持つ。
そのことで、心が広がり、また狭まる。

意識せずに思考、言葉を使ってきたところから、
考えて使っていくタイミング、時代に入ってきたと思う。

*春のやり直し

例年なら初夏の陽気に向かっている頃だが、春をやり直しているような寒さ。
1-3月にかけて、後頭部、肩甲骨、骨盤が順に開いていく、
そうした変化をやり直せるのは大きなメリット。

頭をゆるめ、肩をゆるめる。
肩にかかっているブレーキを外すことで、
頭と腰のつながりがよくなり、
背負っている責任感のようなものを一旦下ろすことができる。
男性は肩甲骨が大きく、骨盤が小さい。
女性は肩甲骨が小さく、骨盤が大きい。
つまり、男性は社会的な責任感で行動できるが、
女性は本能的な部分が大きく、そうしたことが負担になる。
得意な方が、得意なことを受け持つのがよい。

体は、骨の集合体。
骨と骨の間を全部開いていくことで、体が広がっていく。

とくに腕を広げていくことで、心が広がっていく。
呼吸が楽になると、なんだか楽しい感じに。
胸に花が開いていくようなイメージで。
[実習]

2019.03.11

骨盤がひらく 〜3/10京都

朝日カルチャー京都、第二日曜午後「季節の気功」
3月の講座から。
おちつく気功の1週間」と連動したお話です。

 *次回は4/14「心がひろがる」
 2019/3/10 於:朝日カルチャー京都天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*春きたる

冬は神経系統、頭にエネルギーが上がり、集中して物を考えたりするのによい季節。
春になるにつれて、頭がひらき、肩甲骨が開き、骨盤が開いて浮かぶ、と
順々にエネルギーが降りてきて、頭はゆるみ、骨盤がよく働き始める。

考える以前に、自ずと体が動きたくなる。
好きなこと、ときめくことに骨盤が動き、すると足が動き、そちらへ向かってしまう。
それは本質的ないのちの働き、全体を動かすエンジン。
健康的な心身を保つのにも、いちばん大切。

その働きを培うのが今の季節。大きな変化が誘導される。

*出てきた悲しみには

昔の辛さ、悲しみは、同じ時期に起こってきやすい。
それは、体に潜在した辛さを解消しようとする働き。

同じ悲しみでも、思い出した時にスッキリ感があるものと、
思い出して悲しい、息が詰まる、その思いがぐるぐる回る、胸が詰まるなど
不快感がある悲しさとは、「悲しみの質」が違う。

まだほどけていないものが、体の「乗り越えたい」意思として
浮かんでくる。
乗り越える時でないものは、体が自動的に潜在させていて
乗り越えられるタイミングに、昔の悲しみが表面に出てくる。

それは、まず「よく出てきてくれたね」といった感覚をもって後
すぐ意識を切り替えて
体のなかで、そのことを思い出したときに
痛み、違和感のある部分をさがす。
そして、その違和感がなくなるまで、ていねいにその場所に集中する。
胸だったり、肋骨だったり、頭だったり、
できるだけ「この場所」と特定していって、じっと手をあてるのがよい。

そうすると、その部分がすうっと楽になるとともに
心の痛みも昇華されてゆく。

昔の悲しみが出てきたときは、普通、打ち消すか、それにひたるか、になるだろう。
ひたって、涙が出ることで、悲しみがピークをこし
過ぎたら落ち着いて、素直に変化できる。
打ち消したり、意図的にコントロールすると、
体の中でまた潜在し、1年間持ち越すことになり、
気づかないように体の感度が下がり、苦しみも嬉しさも感じにくくなってしまう。

感情が出てきた時に、ほどいていくことが大切。
出てきた時が、重要な糸口。
体に集中すること。
変化の流れに、心地よさをみつけることが大切。

[実習・心がおちつく やさしい気功
初めに辛かった出来事を一瞬思い出し、あとは手をなでながら、気持ち良さに集中していく。

本来、自分がもっていた「気持ち良さ」に目覚めていくことを
「覚醒」という。
心地よさは、外に求めていくものではない。

この消費社会では、外に目を向けさせようと膨大な努力がなされる。
「売る・消費する・お金が回る」ことは数百年のことで、
その歯車のなかでそうしなければと動いているが、
元来、そうではないという軸足に立っておくことが大切。

売り上げの目標に向けて会議をし、決算の帳尻を合わせるために
役に立たなくても新しい商品を作って売り、売れなかったら膨大な無駄を出す。
その歯車の中に生きて、自分以外の何かに投資させる仕組みが
大き過ぎて、後に戻れず、先にも進めない人が多くいるだろう。

体が本来持つ「気持ち良さ」は、外に向かったものではない。
たとえば瞑想の中にも、静かで大きな心地よさがある。

今年は、時代の転換点にある。

*花粉症

鼻、目、せき、すべて骨盤の系統。鼻のてあてがよい。
鼻の周りで、違和感のあるところを丁寧にさがし、てあてする。
鼻と目の温湿布もよい。(参考・「気功生活」111号/花粉症特集)
[実習・鼻のてあて]

*呼吸器

[実習・尾骨のてあて・前後にゆれる・後頭部のてあて(片方)・化膿活点のてあて]
(純)

2019.02.27

肩の荷が下りる 〜2/10京都

朝日カルチャー京都、第二日曜午後「季節の気功」
2月の講座から。
*次回は3/10「骨盤が開く」。1-3月の総まとめ。

2019/2/10 於:朝日カルチャー京都天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*春を目前に
寒波がきて、一度引き締まった今。
今、体は、よりのびのびと、行きたい方へ向かっていく気配。
そして寒さにきゅっとなった心は、
ほどけてのびやかに動き出す。
自由な心と体へ向かって、ステップを踏む季節。

たづながほどけていく時は、順風が吹けば自然に流れる。
無理せず、自然にまかせるのが良い。

[実習・心がおちつく やさしい気功
後頭部のてあて、足腰、ひざをていねいになでることを加えて。

*変化の頃
春を前に、変化の大きい時期。
変わりにくかったものが切り替わる時。
風邪や長引く不調も、体の内の火がついた、
上手に燃やしていこう、と考えて。

この時期は、「心がおちつく」気功のように、
大脳をゆるめ、骨盤をゆるめていく流れが合っている。
目のてあて、温湿布、ひざや骨盤をなでたり
足湯など、足に気を通すのもよい。

足湯は、ちょうどくるぶしのいちばん高いところまで
お湯を入れると、骨盤がゆるみやすく
神経系統もゆるめるには、アキレス腱までつけるとよい。

「元気になろう」とすると長引く。
気功や、足湯などをしている時は、何も考えない。
気持ちよさや、温めること、環境を整えて集中することが大切。

辛さがあると、強引に「今」に引き戻される。
意識が体から離れることができない。
気が集められて、心身が変わってゆく。

症状を楽に乗り越えるには、「今」から逃げようとしない。
楽になる体勢、楽になる方法を作っていく。
お彼岸までは、水を飲むことを忘れずに。

肩の荷は、一度下ろしてみるとよい。
自ら背負うことを選んで、また背負い直すと全く違った自由がある。
自由に立ち戻って、楽しい、新しい選択をしていこう。

[実習・肩の荷がおりる気功
(純)

最近の記事

img_04