気功のひろば
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ブログ

2015.06.18

やさしい気功を伝えるために

15周年の記念講座「やさしい気功を伝えるために」。
前日の御所散歩に引き続いての参加者も。
午前中のお話中心に、まとめました。

        2015.5.31 於:山科和室 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
私たちが、生まれる以前から、あるもの。
死んでも続いていくもの。
物理的ないのちより、大切なものがある。

気は分け隔てなく流れている。
意識的な、自分で作った枠から離れ、広々とした世界に入っていく。
それを体験するのは、やさしいこと。

そのひとつに、
心がおちつく やさしい気功」がある。

2011/3/11、震災から大きく何かが動いた。
その出来事とは別に、さまざまな「余分なもの」を
付け加えるほど、修復が遅れる。

日本中、世界中の心配の嵐。
「これはたいへんなことになった」という不安が
本来の強い修復力が働くときの大きな壁になる。
それを少しでも崩して、治癒力が必要であれば
スムーズに起こるような状態に、と
「おちつく気功」を作った。

手をなでる、顔をなでる。胸をなでおろす。ゆれる、足腰をなでる。
すべての基本は「愉気」=気を集めること。
無色透明な、何もない感じが、必要なところにすっと集まっていく。

作った時に、ひとつひとつの動作に大きなメッセージはなかったが
この気功が、ひとりでに歩き出し、動き出している。

京都造形芸術大学の、通信教育「身体」の科目で使うようになり
7日間、「おちつく気功」をされた後のレポートを読むと
「単位を取る」という目的があることで、それが外的方便となって、
自ら見つけ、興味をもって取り組んでいることがわかる。

ひとつひとつの動作について。

「手をなでる」「顔をなでる」「頭をなでる」。
精子・卵子が結合して、頭ができ、発達していく過程で皮膚ができ、掌ができた。
頭と掌はつながっている。頭と、皮膚も深くつながっている。
また、頭皮をなでるのは脳をなでるのと同じ。
なでていると、無意識に前後運動が起こる。
こうしたことが相まって、神経がゆるみ、不安や心配が解消される。
顔をなでることで消化器や感情の調整になる。

「耳をこする」。
耳は、本能的な骨盤の働きとつながっている。
こすることで、体に勢いが出て、「熱い」感じを持つ人が多い。
神経系統と骨盤の系統、両方に変化がある。

「胸をなでおろす」。
ことばの表現「意」が「気」とつながり、ほっとした気持ちになる。
過剰なエネルギーが、自然におりてゆく。

「首をまわす」。
ゆっくりなこと、楽な範囲で動くことが、何よりも大切。
レポートを読むと、多くの人がここで発見をしている。
「ここが痛い。」「こんなに動かないところがあったんだ。」
まだまだほぐれていないところがあることに自ら気づき、
続けているうちに、4日目くらいから「ゆっくり」痛みを避けて、
回るようになってくる。
今はpc、スマホの普及で、多くの人が骨盤中心の力が使いにくくなっている。
首が変わると、頭が変わる。考え方が変わり、腰が変わる。
首の調整というのはとても難しい。
それを、自ら発見するところに大きな意味がある。

「体をゆらす」。
首がほぐれているので、背骨が動きやすい。
「好きなほうへ自由に動く」ということは、子どもの時、みんなしていたこと。
そうしてやっている内に、姿勢が変わり、その人らしさが出てくる。
それは、その人の「今」が変わるということ。
その効果はとても大きい。

「ゆっくり息を吐く」。
体がゆるみ、リラックスが深まる。

「自分を抱きしめる=胸のてあて」
胸に手をあてることで、自分自身の深いところに気づき
「生きている」という実感が湧いてくる。
呼吸にそって、気持ちよさが起こり、
いろいろな感情が起こって、発見がある人が多い。

「足腰をなでる」
最後に、体に引き締まりを作っていく。
その人本来の勢い、自分らしい勢いが、足腰をなでることで実現する。
気持ちよくなでることが大切。

「ウン、大丈夫」。
自分への「潜在意識教育」。
自分が思っている「自分」より、より深いもの(=自然)のゆるぎなさを、
そこへ戻って良いことを、潜在意識に語りかける。
そして、体の中心に戻る。(=先天に還る)。

どなたかに教えるときは、「同調して」「自らが整う」ことが原則。
教えなくちゃ、とか考えない。
自分らしく、自分が自然と出会うように。
どれだけ自分がスッキリした体になるかが大切。
何も言わないでも、みんなに同じ感覚が伝わっていくのが理想。
ちょっとしたひとこと、切り替わり、
同じように見える繰り返しの中に、何か、今違うものがある。
そのタイミングをつかまえる。
意識しておくことで変わる、それは自分の中の自然に気づくこと。
(純)

肩の荷をおろす気功

(純)

2014.10.20

浅草!

10/5、しばらくぶりの東京講座
「気功の学校・浅草」。

前日から新幹線で向かいました。

京都の地下鉄で、神戸の会員さんにバッタリ。
だいぶ向こうから、見つけて車内を移動してくださって歓談。
新幹線のホームでは、前を歩いていく名古屋の会員さん。
なんと同じ新幹線に乗られる、とのこと。
嬉しく、あたたかい気持ちで乗車。
 
長距離移動の楽しみは、まずお弁当かな。
京都のよいもの、和久傳のお弁当を
少し気軽に、駅ビルSUVACOの「はしだて」で。

ひとつは、「秋の野菜寿司」。

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それぞれ違った味の、きのこや銀杏、芋。
なんともいえない軽さと、
いろんな処から集めてきたのだな、という味わい。

天野セレクト、ビールは「御所麦酒」。

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もうひとつ、「鯛の護摩味噌寿司」。

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しっかりした鯛と、胡麻の風味。

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持参した林檎、
中村藤吉のほうじ茶ゼリーもちょうど良く
おかげで、翌日まで調子が良かったです。
 

泊まったレジデンスホテルは、
9月の大雨で浸水し、エレベータも外線電話もまだ使えない状態。
いたしかたなく、子どもたちに、浅草演芸場の前で
提灯に囲まれて電話☆。
夜遅くまで人力車が走っていて、外に出された椅子で飲む人々。
にぎやかです。

翌朝も雨。
浅草公会堂の前の伝法院通りは、なかなかおもしろそう。
公会堂の前にさまざまなスターの手形があって、
井上八千代(先代)や! 越路吹雪! と感動しつつ入館。

浅草公会堂に、釧路から大阪まで30人弱の方々。
会員さん、そのお友達、ご紹介の方など
天野の本を読んで一度受講してみたい、と思っていた方が多く
なごやかでやわらかな雰囲気。

落語会や、舞踊の発表などできる和室の雰囲気もあるのかな。
今回はホワイトボードをお借りしましたが、
金屏風をセットすることもできます。

楽しみで、前の晩眠れなかった、という
「気功の学校」の方も。
 

まず立って動いて…。

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ゆっくり、お話を聞いたり。

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頭のてあての位置を確認したり…

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「心がおちつく やさしい気功」。

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みなさんとても喜んでくださって、
また関東講座を、という声も多数。
 

終えて、浅草寺にお参り。
雨が滝のよう。

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観光客も多いところですが、
靴を脱いで上がって、観音様の真ん前でお参りできると教えていただき
何ともいえず気持ちいいお参りをさせていただきました。
 

景気のいい土地柄です。
反応する、天野先生(笑)。

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傘もだんだん小道具と化して。

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あちこちにいらっしゃる、名場面な皆さま。
「問われて名乗るも おこがましいが」
白波五人男、日本駄右衛門さんですが
先生も、なかなかきてます。

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そのまま品川へ向かうつもりが、
雨が強くて、とび込んだ天ぷらの老舗。

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大黒やさん、天ぷらがはみ出ていて
海老の天ぷらに海老のかき揚げ、
しっかり醤油の強い味。
関西とはだいぶ違う味。

戸惑う中国人観光客の、注文の手伝い。
天津から来た、とのことで
私たちも以前、禅密功を習いに行ったところ。

さまざまなご縁がつながって、今日の講座がありました。
 

新幹線では、ホテルで頂いたスリッパに履き替えて
靴を乾かして、極楽極楽。
ゆっくり京都、北白川に戻りました。

みなさんありがとうございました。
たくさんご感想もいただいています。
講義録はこちらに。
作成中の「気功生活」では感想もご紹介しますね。
(純)

2013.11.25

禅密の学校・高野山合宿

11/23-24。お天気にも恵まれて、
「禅密の学校」今年最後の講座を、
合宿の形で開くことができました。

参加者は28名と、私たち4名。
ちょうどダライ・ラマ法王が来日中の今。
前回来日時に、昼食を召し上がったという普賢院を会場に、
テーマは「般若心経と気功」。
精進料理もたいそう美味、お寺さんにも良くしていただいて、
あっという間の2日間でした。

使わせていただく大広間で
床の間の額をふと見ると、般若心経。
掛け軸も、般若心経。
偶然か、必然か。

1日目午後の講座より、自己紹介の後で。
・・・

「私」は、仮のもの。
「私」には、本来の私と違うものが入り込んでいる。
例えば、名前。

「自分」はどこにあるのだろう。
例えば、背骨に、下腹部の一点に。
「私」は仮設できる。

「自分」という枠があることで、他との境界ができる。
分け隔てること、違っていることで争いが起きる。
自分、という線引きから、元々の本能に従って生きていこう、
とするのが般若心経の教え。
苦しみを解決する方法が、具体的に書かれている。

先日、京都造形芸大の文明哲学研究所の平和会議で、
大澤真幸さんが「自衛隊のvol.2としての援助隊x」という話をされていた。
援助隊は軍事活動以外の、あらゆる援助を
敵味方関係なく、あらゆる国に行って実地に行う。
そのモデルとして、ペシャワール会の中村哲さんが
アフガニスタンに用水路を作り、田畑を蘇らせた、
そんな活動をイメージしていると仰っていた。

そんな活動をする人が、もし100人いたら
援助隊は成り立つのではないか。
中村さんのされていることは、自分という枠を捨てている。
般若心経の菩薩行。
これからそんな人が沢山出てくるだろう。
100人、1000人、1万人でてきたら日本が世界を変える。

実際に立ち上がれる人になろう。
般若心経は、「完全に、自然の息の中に入りましょう」と説く。
それを、体・声・イメージ=身・口・意を使って
体験していこう。

【2人禅密】…相手の背に手をふれて、ゆっくりと自由にゆれる。
2人いるから、ひとつになれる。
ひとつだから、2つになれる。

【お互いに頭のてあて】…冬に向かう時期は、頭が疲れやすい。
相手にふれ、自分の中にある同じような感覚を消していく。
客体を変えようとするのは、意識の働き。
主体(自分)を変えることで、相手が変わる。

体があるからこそ、実際に触れて、変わっていくことが可能。

それは日常生活も同じ。
自他の区別があるのは、楽しむため。
お互いの力を発揮しやすくするため。
目の前にある、いちばんいいと感じられることを
自分ができるように。

・・・・

夜、写経。お寺のかたのご説明も、わかりやすく
おかげでさっと取り組むことができました。

京都よりさらに5度低い高野山。
大広間はあったかいけど、
写経と、泊まるお部屋はかなり寒い。
みんなで大きく動いて、あったまってから写経。
終えてからのお風呂のありがたさ。

以前別の宿坊に泊まったときは、こたつと豆たんアンカでしたが
このたびはエアコン。
時の流れの中で、私たちが
電気をよく使うようになったことも感じます。

2日目朝。
ろうそくの光の中、おつとめ。
地下のマニ車と、仏舎利を見せていただき、奥の院へ。

一の橋

凛とした、清々しい空気。
大杉の間から射す朝の光。
おひとりが持ってらした、天河の五十鈴がずっと鳴っていて
お墓の間を歩く、重さがすっかりありません。

いろんな先人に支えられて、こうしてあるのだなぁ、と
無数のお墓やお地蔵さんの間を歩きました。

いちばん奥のお堂前で、般若心経を上げようとすると
ちょうどそこにいたお坊さんが上げ始め、唱和するような形に。
お坊さまは小さい息子さんと2人でいらしていて、
とても可愛がっているようすに、心暖まりました。
その子も、高野山でお寺さんになるのでしょうか。

お参りの後。たくさんのお地蔵さんと。

奥の院お地蔵さん

ぼかぼかとあたたかく、紅葉も見頃。

奥の院の川

それぞれごま豆腐や焼き餅、
思い思いの楽しみを手に、普賢院へ戻ります。

最後の1時間、「心がおちつく やさしい気功」から禅密冥想へ。
五十鈴もすこし振っていただいて、なんともいえない時間に。
それぞれの思いを胸に、このたびはおひらきとなりました。

バスで極楽橋の駅へ。ケーブルで、南海電車の駅に下ります。

さまざまなご縁がつながって、今年最後の合宿を
ほんとうによい形で、終えることができました。
みなさん、ありがとうございました。(純)

極楽橋

2013.07.22

禅密の学校・7月

劉漢文先生が創始した「禅密功」に絞って
前期・後期ですすめていく講座。
7月の講座から、お話部分をお届けします。
この日は、参議院選挙の投票日でした。

*前期は定員を越え、募集を終えています。

・・・・・・・・・・・・
    2013.7.21 天野泰司 於:山科

禅密は、もとのひとつに戻っていくプロセス。

「考える」中に「分ける」(=分かる)ことがあり
「善と悪」「良かった」「悪かった」と分けるけれど、
そういう線引きはしないほうがいい。
そう分けたことで終わってしまう。

「悪かった」思いは何度でも出てきて、そこで止まってしまう。
「良かった」とすると、「またこんなことがあるといいな」と思ってしまう。
結論づけないのがよい。

目の前に生じてくることに、ひとつひとつ道は決まっている。
それを淡々と選んでいく。

目の前に広がるその道を選べないのは、そこへ飛び込むことがこわいから。
何かあったら困る、という気持ちが、全力発揮をこばむ。
それが「恐れ」だったとわかると、たいしたことないなと思える。
「恐れ」は情報にすぎない。

変化がある、それをみていく。

苦も楽も相対的、ただ変化の中にいるだけ。
変化を見ていくと、辛くなくなってくる。
「変化し続けている」ということが自然、それだけが変化しない。

蠕動(自由な動き)は、変化のただ中に入ること。一番その時にいい選択をし続ける。
禅密の動作そのものが、求めようとしているそのこと。
初心に還って、基本を深める。

2013.06.25

禅密の学校・6月

使いやすくなったブログで、
初めての講座レポートです。

劉漢文先生が創始した「禅密功」に絞って
前期・後期ですすめていく講座。
その6月の講座から、お話部分をお届けします。
*前期は定員を越え、募集を終えています。

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    2013.6.23 天野泰司 於:山科

禅密功のポイント、「先天」とは、
笑い、そして幸せの中へ戻る、ということ。

後天は先天を含んでいる。
限りなくある辛さ、悲しみ、そうした中から
笑い、幸せの中へ戻る。

劉漢文先生は「100才まで長生きしても、毎日泣いていたら仕方がない」と
いったことを仰っていた。

日々辛いことは数多くある。
けれど、その瞬間の苦しみ、悲しみを持続させていくには
何らかの力が必要。
その力は、幸せ・苦しみ、どちらの方向へも向けていくことができる。
習慣的に辛い方へ向けている自らの力を、
幸せの方向へ変化・変容させていくのが密教。

その変化のポイントは、おへそにある。
胎内でただ、気持ちよく漂っていた感覚。
おへそは、先天の感覚を取り戻すひとつのスイッチになっている。
幸せの中で、ただ、生きていた感覚。

何かのために、というところから自由になる。

禅密功は、先天の境地に入っていくもの。
もともと、先天に形は無い。それなのに動作の指定がある。
無いものに形を与えていくのは、般若心経に出てくる「色即是空」「空即是色」と同じ。

色即是空 〜 形あるように見えているものが、何もない。
空即是色 〜 何もないはずの処に、形がある。

例えば、前後の動きで
動きの指定があるが、動こうとしているうちは先天でない。
動いている間に、意志が消えていく。
分け隔てのない感じ。
動きと、私が同じ。ただ、動きだけがある。

例えば、自由な動きで
自由に動こうとしているうちは、自由でない。

ゆっくり動く。動こうとするのを打ち消していく。
そうして逆をゆくことで、
「動かそう」とするところから離れていく。

伝統芸能の稽古で、まず先生の謡や舞を完全コピーするところから始める。
小さな子が無心に、それを追う様子はほんとうに可愛らしい。
そのうち、形以前のものが伝わってゆく。
それを「気」と呼び、
形を土台に、空を学んでゆくことができる。

「限定された自分」で無くなってゆく。
すべてのもののために、自分があり
自分のために、すべてのものがある。
区分けがない。

それは、ほんとうに相手のためになることをしている、ことでもある。

大切なことは、ひとつしかない。
そのひとつを選びつづけることが、自然。
いま必要な動きは、ひとつしかない。

自分の中の葛藤は、自然ではない。
文明の発達した世の中にたくさんある「自我」。
自然でないものを作り出し、葛藤が増える。

本来の「自己」に戻る。
仮に作り出した「私」という幻想を超えてゆく。
それを実践として理解していくのが、気功。

知っていることで、余分な知識を働かせないで済む。
体にまかせることと、持っている知識がちょうどよく働き始める。

2012.08.07

病をのりきる 

「病をのりきる やさしい気功」、講義録です。
   2012/7/29 天野泰司 於:山科
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入院前・中、そして退院後。去年から相談を受けることが多く、
そんなときにできること、を一度まとめておきたいと思う。
病は「波乗り」の感覚で。
サーファーとしては、なるべく大きい、良い波がくると嬉しい。
さーっと乗って、思いもかけない高みを乗り越えることができる。
病を乗り物にして、人生をより輝かせるよう活用してほしい。
病は素晴らしい乗り物になる。
主体的な心持ちで病を活用すると、病が味方をしてくれる。
大きな病院にいくと混んでいて、待ち時間が長く、一日仕事になる。
入院中も時間がある。集中して気功ができる。
そうした時は、「気功をする日」に。
一般的な病気の代表に、風邪がある。
風邪と癌は両立しない。
野口晴哉さんの『風邪の効用』という著書にあるように、
風邪そのものが体のバランス調整。
ちょこちょこと病気をすると、大病になる隙がない。
こまめに病気をする。小さな不調には、その時に
「大病を防ぐのに体ががんばってくれているんだな」と
体に目を向けてあげること。
高熱が出ると、元気な子どもは泣いたりあばれたりする。
それは、体の力を総合的に働かせている。
熱が出ている時は動いていい。下がって平熱以下になった時、ゆっくり休む。
それがすべての病気の急処になる。
また、通常は「脈:呼吸=4:1」。
急変があっても、この割合であれば好転反応であるとみてよい。
急変があった場合に、好転の方向へ向かっていれば、心静かにみていく。
よくない方向へ向かっていれば、もっと心静かにみていく。
呼吸と脈の比率が通常に戻るまで、集中を保つ。
打撲等の急なことがなければ、好転反応である場合が多い。
「集中を保つ」こと、手あて(愉気)があらゆる治療の本質。
ふだん広がっている気を、ある一定の範囲に集めるのが手あて。
痛みは、気の集中装置。痛むとその場所から気が抜けない。
そこに気が集まり、気が通って元気になる。
なので痛みに従い、痛みの言う通りにする。
痛み止めはあまり勧めない。耐えきれなくなると体が制御する、
自動的に鎮痛機能が働く。
薬は体の中にある。それが気功の考え方。
道教では「内丹」=内にある薬、
「外丹」=外にある薬、と表現する。
それが集まるところが「丹田」、ポイントに集中することで内なる力を上げる。
「上虚下実」、みぞおちがゆるみ、臍下丹田が充実している状態がよい。
呼吸にそって、自然にゆるみと引き締まりがおこる。
鍛錬して「下実」を作るのは難しく、
みぞおちがゆるむと自然に丹田がよい状態になるもの。
「いかに力をぬくか」がポイント。
[実習・ふりこ]・・余分な力をぬく調整になる。
余分な力、とは気づかない無意の緊張。
それに気づかないから病となって表れる。
必要なタイミングに、必要な処に自然に調整運動が起こる。
体の動きはパーフェクト、最低限邪魔しないこと、
それを助け、自然の働きを活性化すること。
もし止めてしまったり、持ち越すと倍になって返ってくる、すなわち
ビッグウェイブが期待できる、とも言える。
風邪の時にふりこをすると、抜けやすい。
前後の動きは呼吸器と神経系、左右は消化器、ねじりは泌尿器の調整になる。
意識しないうちに緊張するところは、
同じような思考パターンから生まれることが多い。
思考の固定化を自分で見破るのは難しい。
ふりこのかんたんな動きで、全体の調整がしていける。
みぞおちがゆるんでいること。
肚が決まっていること。
心が決まると、「治った」感覚が生まれる。
体がスキッとしている状態を思い浮かべられたら、治る。
(午後)
入院するときの持ち物は、何がいいだろうか。
自分の時間として、入院を主体的に使う。
その主体性を最大限に導くように。
単純作業は、心が落ち着く。塗り絵はよい。
目の負担は精神的負担になるので、電子機器は控えめに。
寝転んで画面を見ると特によくない。
マイ枕など、首のとる角度が慣れたものだと精神的安心を生む。
未来への空想を生むもの。旅行の写真、
「手術は素晴らしい結果でした」などと自分の声を録音したもの。
過去形で願望を語り、不安になったら聞き直す。
積極的な思い込みを。無意識に入る。
お見舞の言葉掛けも、空想が生まれることを前提に。
「早くよくなってね」というと、却って今よくないことが強調されてしまう。
看病人が病人を作ってしまうことがある。
病気になるとゆきとどくので、病気がやめられない。
未練症状が起こって、また病気をしてしまう。
派手な病状であればあるほど、静かな心で集中し、見守る。
そうすると余分な症状が無くなる。
気の不足から、未練症状が起こる。気を満たす。
[実習・アイロン]
アイロンはがんに効果的。40度以上になるとがん細胞は死滅する。
旅行用の小型アイロンで、弱。
アイロンをあて、手であてたところにてあてして確認する。
免疫系統、循環の調整になる。
・体の前・あお向きになってもらう。
胸腺。両方の鎖骨中央より、すこし下。免疫系の教育センター。
肝臓。右、一番下の肋骨付近。解毒作用。
おなか。おへそを中心に、右から上がっていって3回廻る。
脾臓。少し熱く、短時間。
・後ろ・うつぶせになってもらう。
腎臓。肋骨にかぶるくらい上のほう。水分、腰の調整。
仙椎。生殖器。骨盤は、一番大きなエネルギーのセンター。
足の裏。かかとから先へ、3-4回。自らの元気を振り起こす。
緊急時にも足の裏がよい。冷やすことも引き締めになる。
アイロンがなくても、手あても同じ順で。
場所を選んで順々にすることで、「途切れない気の集中」が起こる。
そして、循環がよくなる。
してもらう人が「気持ちがいい」のが一番いい。
心を落ち着けるのは、体の気持ちよさ。
病人に熱が出ていても、アイロンをしてよい。平熱以下のときはしない。
がんがあちこち転移している時は、最初の病巣に。
がんに対して、病院でできることは何だろう。
病院でできることは集中的。
手術で切り取る。放射線をあてて、または抗がん剤でヘナヘナにする。
24時間態勢の看護。自分用のベッド、食事が確保。快適なエアコン、食事。
主体的に持ち込むのも含む。
食事には合う会わないがある。
各種の「よい」とされる食べ物は、自分に合うか合わないかは0リングで確かめる。
気功のできることは、体の自然の働きを引き出すこと。
自ら主体的に、たんたんと、積み重ねていく。
体に集中する。
「よくなるように」と思わない。それは、よくないことの強調になる。
「病を乗り切って、最高の人生になった。」最初に一度だけそう思う。
あとはたんたんと体に集中していく。
心がおちつく やさしい気功
不安は、具体的に、からだをなでて流していく。
なんとなく気持ちいい、ことで、希望が持てる。

2012.07.04

祈りの総会@大文字

印象深かった大文字での総会。
その報告です。 (天野泰司・気功生活Vol.71より転載)

原発の供養
6月2日(土)、曇りのち時々晴れ。
好天にも恵まれ、気功協会総会は予定通り催行されました。
10:30に北白川の事務所に集まり、11時前に事務所を出発。
疎水沿いの道を歩き、銀閣寺でYさん親子と合流。
気持ちのよい山道をゆっくり登り、
大の字の中心にたどりついたのが13時前でした。
そこにある小さな祠、大師堂に
ぎゅっと30名ほどが膝をそろえるようにして集まり、
般若心経をあげ、原発供養簿の56施設の御名を読み上げて、
丹羽ゆかりさんの五十鈴と唄、
森田徹さんのバイオリン即興演奏に合わせて、
からだを奥からゆるめ、自らの心の奥にある原発を供養していきました。

今回の供養の目的は、
これから何十万年という想像を超える長い時間、厳重に保管されるはずの
各施設に貯蔵されている放射性物質が安全に守られていくことと、
そうした危険な発電施設を生み出した
私たちの心そのものを祓い清めていくことでした。
原発が生まれてきた背景には、
当初核の保有という防衛的な目論見もあったようですが、
原発建設を強力に押し進めてきたのは、
とどまることなく拡大してきたエネルギー消費と経済活動の両輪です。

つまり、「もっともっと」を願う満たされない心が、
原発を生み育ててきたと言えるでしょう。
ですから、原発を供養するということは、
そうした心の中にぽっかり空いた寂しさみたいなものを
本質的な豊かさで満たしていくことに他なりません。

1/2のエネルギー
今年も全国的に節電が呼びかけられていますが、
不必要に使っているエネルギーを減らす工夫をしていくことで、
私たちの暮しは本当の豊かさを増していくでしょう。
毎年、年間15%減らすことができれば、
5年程でエネルギー消費は約半分になります。
そうしたエネルギーを作り出すためのお金や労力を、
できるだけ小さなエネルギーで効率よく活動するための研究や、
生活環境を豊かにする方向に振り向ければ、
日々感じる気持ちよさが大きくなっていくことは容易に想像できます。

気功協会では、二軒続きの町家をお借りして、
片側を事務所、片側を住居として使わせてもらっています。
住居側は庭をお部屋に改装しているために風通しが悪く蒸し暑いのですが、
事務所側は元々の町家の作りのままなので
風通しが良く、クーラーが無くても快適に過ごせます。
玄関を開けて入った時の空気がスーッと澄んでいて、
たった一坪の裏庭があることでどれだけ日々の快適さが違うのか、
この3年間、両方を行き来しながら感じてきました。
元々電力を使わないと涼しくできないのではなく、
北側に緑を配して冷気を蓄え、部屋の中にその風を導くようにすれば、
とてもマイルドで気持ちいい天然のクーラーが出来上がります。

そもそも、夏場に体調を崩す最大の原因は
クーラーの冷たい風で汗を冷やしてしまうことですから、
ガンガン効き過ぎのクーラーが無くなるだけで、
どれだけ国民全体の健康増進につながるかわかりません。
LED電球の普及など、省エネの技術も年々進歩しているので、
クーラーや冷蔵庫を旧式のものを使っている場合には、
思い切って省エネタイプの最新式に買い替えるのも賢明かもしれません。
そうした技術的な進歩と住まいや環境の工夫とを組み合わせていくことで、
電力消費はグンと減るでしょうし、
その間に自然エネルギーの利用も急速に普及していくでしょうから、
原発が要らないだけでなく、
近い将来には、石油を燃やして電気を作る火力発電所も無くなっているかもしれませんね。

清まっていく経済
そうしてエネルギーの節約と自給自足が進むと、
経済構造も自ずと変化していきます。
ベースの豊かさが既にあるのですから、
それ以上に無理をしてがむしゃらに稼いだり
相手をしのぐことに懸命になる必要がなくなります。
原発を一基作ると、莫大な交付金がしばらくの期間支払われます。
その交付金が無くなると財政が破綻するので、
しばらくすると次の原発を作らざるを得なくなります。
こうなるとお金は既に麻薬と同じです。
お金のために次々といろいろなものを犠牲にしていくのです。
振り返って、自分の生活を見渡した時に、
同じようにお金に縛られている面があるのではないでしょうか。
規模は違うけれども、お金のためにそうせざるを得ないというのは、
原発を生み出してきた仕組みと何の違いもないのです。

一燈園を創った西田天香さんは
「生活のために働かず」と、その矛盾を一刀両断にしました。
一切の争いごとから自由になった
天香さんの生き方については、大正時代に出版された大ベストセラー
『懺悔の生活』(春秋社)をお読みになってください。
お金を稼ぐこととは全く無縁でいて、
人のために働くという大変幸福な生き方をした人が事実として存在していたのです。
また天香さんの生き方に惹かれて集まってきた人達が、
一つの生活共同体のようにして村をつくるようになったのが、
今の山科にある一燈園です。
震災直後の昨年の総会は、その一燈園の総寮と礼堂をお借りして
「祈りの総会」を開催しました。
今年は、その祈りの流れの継続でもありました。

「原発供養の祈り」と
「原発」が表に出てきたのも必然的な流れだったような気がします。
人為と自然の融合ということが
これからの大きなテーマになってくでしょうし、
エネルギー利用と経済構造の大きな方向転換が
原発の廃止とともに進んでいくことでしょう。

注意しておきたいのは、
どんな大きな災いを引き起こしたとしても、
お金や核そのものが悪いのではないということです。
太陽が核爆発を続けているから私たちが生きているのですし、
放射能によってDNAが変異するから私たちは進化してきたとも言えます。
お金も同様で、必要な所に皆の力を集めて
共同していろんな事業を進めていくにはとても便利な道具ですし、
心と心とをつなぐラブレターのような役割もしています。
そうやって、人の手にもまれてこびりついてきた汚れや手垢ではなく、
お金に元々宿っている本来の輝きを見ていくことで、
経済も清められていきますし、
汚れの代表のように思われている政治というものも
同じようにして清めていくことができます。

心の本源へ
大切なのは無意識の向かっていく方向です。
頭の中で「それはもっともだ」と
判っているだけでは、実際の動きにはなりません。
なるほどと合点がいった上に、そうしていきたいなという空想が広がり、
幸せな感覚と共に体がスッキリ気持ちよくなっていく。
そこまでいけば、無意識がその方向に流れ出したことになります。
今回の原発供養では、おそらく、
エネルギーのとらわれからもお金のとらわれからも自由になって、
本当の豊かさに向かって私たちの心が流れていくような、
そんなきっかけができたのではないかと思っています。

祈りに続いて、大文字から京の町を見晴らし、ゆったり舞った気功。
私たちは元々天地自然と一つであること、
自分がなくなると全体が自分だということ。
そんなことを気付かせてくれるキラキラした時間でした。

大飯原発の再稼動というのは、
こうした本来の心の流れとは全く逆行しているものです。
おそらく心のどこかすみっこの方に、
事故前と同じように原発がないと困るみたいな
旧来の化石のようなものがひそんでいるんですね。
それがこうして表面化しては、また清められていく。
奥に潜んでいるうちは取り除きようがないので、
ここに及んで再稼動しようなんて本末転倒で訳の判らない話ですが、
こうした表面化の動きもある意味歓迎できる部分があるのです。

原発のことに限らず、そうした意に添わない出来事を新聞記事などで読んだ時、
怒りや憤りを覚えると思います。
その次のステップは、自己責任の自覚です。
自分に責任があるとすれば、
その怒りなどのいやな感情も自分に向けられていることになります。
そこで単純な怒りから、より深く心の中に潜んでいる
ゴミのような、よどみのようなものを洗い流していく、
お掃除モードに心が切り替わります。
そうすると、冷静に今の自分の役割が見えてきたりして、
その時々に必要なことに正面から取り組んでいけるようになります。
原発を供養し、原発に気を集めるということは、
そうして原発を生み出してきた「私たちの心」に気を集めて、
そのいちばん自然で最適な変化を誘導していくことになるのです。

ですから、ただ怖がっていたり、ぷんぷん怒っているだけではなく、
もちろん頭ガチガチの推進推進でもなく、
そこに心が集まった上で、静かで、気持ちよく、
すーっと澄み渡った心の状態にまで持っていくことが大切なのです。
そこまでいくと、推進派も反対派ももはや存在しません。
つまり争いや対立ということがなくなります。

いろんな出来事を見たり聞いたりする時には、
そうやって、表面に現れた感情をサッと乗り越えて、
分け隔てのない心の本源の中に入っていくようにします。
それが、野口晴哉さんが言う「天心の愉気」、つまり「てあて」です。
「てあて」は、祈りでも瞑想でもあり、
大自然の働きそのものの中にとけ込んでいくことでもあります。

震災特設ページのブログタイトルを「てあての心で」にしたのは、
そうした魂の里帰り、
心の本源への回帰が始まっていると感じたからでもありました。
今も事務所の窓から大文字が見えています。
そこに集い、そこで祈り、気功をして
心の本源へ立ち返っていった記憶が、すーっとよみがえります。
初めて顔を合わせた人も、昔からの友達のように
自然にうちとけていた柔らかな空気感が印象的な集まりでした。

2012.06.01

祈りの総会2 原発供養

6/2(土)に、気功協会の総会を開催します。
震災直後の去年から引き続いて、今回もテーマは「祈り」。
京都の大文字山に登って、原発のお供養をします。

供養と言っても、特定の宗教の祈りではありません。
原発というものを生み出したのは、私たちの心です。
その心を綺麗に洗い流していく。
あるいは、心と共に動いている体をゆるめ、ほぐしていく。
そうやって、自分自身を整えていくことが、「供養」、あるいは「祈り」ということです。

5/5に日本で稼動していた原発はすべて運転を停止しました。
まずは、この未だかつてない快挙を喜びたいと思います。
全部が止まっているのに、何の支障もでていません。
そもそも、日本のエネルギー使用量があまりにも急速に伸びすぎたことと、
必要以上のお金をぐるぐるまわすことで成り立ってきた経済成長システムの無理とが、
原発を作り出してきた2つの大きな力ですが、
原発を作ることでは、根本的には何も解決できないばかりでなく、
何十万年先まで、核廃棄物という負の遺産を背負うことになったのですから、
根っこのところからの見直しが、今必要だといえるでしょう。

まず、少しずつでもエネルギーの使用量を少なくしていくこと。
これは電気に限らない訳ですが、
原発が止まっているために、日本中の人達が節電をすることになるとしたら、
過剰なエネルギー消費を減らすという、いちばん根っこのところが変わってくることになりますから、
これは、とても画期的なできごとになります。
仮に、毎年15パーセント節電が達成できたとすると、4年から5年で、現在の約半分の電気使用量になります。
急に半分と言われたら大変ですが、15パーセントなら、無駄なものを減らし、
技術的にエネルギー効率を上げていけば、無理な数字ではないはずです。
実際白熱灯とLED電球とでは、同じ明るさで、消費電力は1/5以下ですから、
これからもいろんな分野で、節電が進んでいくだろうと思います。

もう一つの、経済成長からの脱皮。
これも原発が止まることによって、必然的にその流れがやってくるでしょう。
不思議な現象なのですが、これまでの急速な経済成長に伴って、
私たちが手に入れたものは、お金というものに身も心も縛られていくような生活でした。
例えば、一度原発の交付金を受け取るようになると、
交付金なしではやっていけないような錯覚に陥り、
次々と新しい原発を作ってしまうような悪循環があります。
この麻薬みたいな現象が、経済成長の原理だと気付く時に来ています。
でも、もう原発は動かせないとなれば、
そうしたものすごい量のお金の流れが急に変わってきます。
これからは、お金というものからどんどん自由になっていく。
そして、お金に対するとらわれが無くなると
お金は自ずと必要な所へ動いていくようになるでしょうから、
本当の意味で便利にお金を使うようになっていくでしょう。

私たちは、今、こうした大きな時代の転換点に立ち会っています。
これからのことを考えるとワクワクしてきます。
大文字山に登って原発供養の祈りを行うのは、
すべての原発と廃棄物が収束していくまでの、
何十万年という長い長い年月を安全にお守りしていくという意味と、
原発の収束に伴って起こってくる
有史以来の人類の大転換をあたたかく迎え入れていく意味と、大きく2つあります。

祈りの方法は、
まず、全国の原発施設に思いをめぐらせます。そして、安全を祈願したら全部忘れます。
その上で、心と体をゆるめて、気持ちよく整えていきます。
つまり、原発というものと響き合っている自分自身を整え、
元々の自由で自然な状態に還っていくのです。

ちょうどいい天気になりそうです。
京都大文字山だけでなく、
世界各地で、心をつなぎ、共に心身をゆるめて、祈りましょう。
時間は、6/2(土)、日本時間のお昼頃です。
大文字山では、
天河大弁財天社の五十鈴を振っていただいたり、
バイオリンの演奏をしていただいたりする予定です。
ご参加のみなさんは、楽しみにしていてください。
天野泰司

2012.05.08

原発ゼロ その次へ

立ち向かう時代から
夢を紡ぐ時代へ
震災から1年が過ぎ、待ちわびていた春がやってきました。
5/5で日本で稼動している原発はゼロになりました。
私たちが見据えるのは、その次のステップです。
天野泰司
(気功生活Vol.70より転載)
 
5月5日
この日、北海道の泊原発3号機が定期点検に入り、日本で稼働中の原発はゼロになりました。
まずは未だかつてないこの快挙を歓迎したいと思います。
核の影響を受けやすいこどもたちのことを考えれば、原発を止めることは当然のことで、
ちょうど「こどもの日」に全ての原発が止まるのは意味のあることだと思います。
この原発ゼロのシナリオは、浜岡を止めた時点で明白でした。
浜岡が危険で他の原発が安全だとは誰も言えない。
また事故の影響は近隣の自治体にも及ぶので、再稼動の決定を下すことは現実的に困難です。
例えば、大飯原発の再稼動に対しては、京都・滋賀の協同声明として待ったがかかり、
関電の筆頭株主でもある大阪は、府と市の共同で8項目の提案を国に出しました。
今の時点で国政担当者が原発全廃を決めるのは難しいようです。
ただ浜岡一つはしっかり止めた。
その浜岡が止まった時点で、日本中の原発が止まったようなものだったのです。
後は地方や私たち市民の判断に任せられのだと言ってよいでしょう。
一極集中で何かを決めていくことには無理や限界があります。
「奉仕的な市民活動」が自由に繰り広げられる形が、
今求められている新しい社会構造です。
 
次のステップ
全停止の次は、全廃炉への長い道のりです。
運転が停止したからといって原発が安全な訳ではありません。
連鎖的な核分裂反応は止まっても、
核分裂反応によって生じた放射性物質は熱を出し続けます。
だから冷却せずに放っておけば熱は上昇し、
核燃料を覆っているジルコニウム製の被覆管も、ぶ厚い鋼鉄の圧力容器も溶かしてしまう。
ですから冷却系統の大きなトラブルがあれば、
停止中の原発も大事故につながる可能性があるわけです。
使用済み核燃料プールが危ないと言われるのも同じ理由で、
冷却できなければ容器が溶け、大量の放射性物質が拡散してしまう恐れがあります。
福島の事故以前に「想定不適当」とされていた全所停電は、実際に起こってしまいました。
事故の対応が遅れたのは、そうやって大事故が起きることを考えないようにしていたからでもあります。
福島を越えるような事故が起きたらどうするか。一人一人が心づもりをしておいた方がいいし、
自治体レベルでは大事故を想定し、具体的な避難計画を練っておく必要があります。
できるだけ早くに正確な情報を伝えて速やかに人を避難させる。その大人数の避難先を予め想定しておく。
風向きに注意して、原発の風下の避難を優先させる。直後の雨を警戒する。塵や埃を吸わないように注意する。
そういうマニュアルは今まで日本に存在しませんでした。

「事故が起きたらどうするかを考えておく」ことは、
誰にでもできる「奉仕的な市民活動」です。

その奉仕活動を続けていくと、
事故の影響があまりに大きなことが分かりますから、確実に全廃炉になります。
まずは「自分はどう行動するか」でいいのです。
心の底からそうしようと思っていることは、
大きな声を張り上げなくても、自然と周囲に伝わっていきます。

人間の心の本質は「愛」ですから、
そのレベルまで掘り下げた奉仕的な願いは、
潜在意識にびんびん響いてくるので、伝わる力がすこぶる強いのです。
家族に伝わり、仲間に伝わり、自ずと地域全体としてどう避難するかにつながり、
結果として危険なものはやめることになるでしょう。
こうして、私という一人の幸せを真剣に考えていくと、それは全体の幸せにつながっていきます。
これからの原発をどうするのか、電力をどうするのか、どんな生活環境を望むのか、
国が決めるのでも、誰か偉い人が決めるのでもなく、私自身が責任を持って決めていく。
そうした一人一人の自己責任の自覚がこれからの日本を大きく動かしていくでしょう。

守り続けること
京都大学では、今年の日本史の入試問題に東海村の事故を含む電気の歴史が出題されました。
エジソンが白熱電灯を実用化してから134年、日本の原子力発電の歴史は46年。
その短い期間に54基の原発が出来、東海村JCO臨界事故(level4)や
今回の福島の事故(level7)が起きてしまいました。
46年間発電し続けた結果、大量の放射性廃棄物が貯蔵されています。
一基の原発が一年間の運転で作り出す使用済み核燃料は約30トン。
全国から青森の六ヶ所村に運び込まれている使用済み核燃料は約3000トン。
大阪の提案にもあるように、原発同様に危険なそれら核廃棄物の最終処分方法は全く確立されていません。
今のところ、事故がないように、漏れがないように、できるだけ安全に貯蔵して
自然な放射能の減少を待つ以外に方法がありません。
それも10万年、100万年という期間の貯蔵が必要と言われていますから、
それはそれは大切に、神聖な禁足地のようにしてお守りしていく必要があるのです。
福島の放射能も、これ以上拡散しないように、できるだけ原発の敷地内に集めて、
その神聖な禁足地にお鎮まりいただくのが適当でしょう。
不要に拡散させることは避けなければなりません。

原発を供養する
そこから私は、「原発の供養」ということを思い立ちました。
どんなに危険で恐ろしいものであっても、
荒ぶる神々にお鎮まりいただくのと同じように、
心をこめてお祈りしていくことが大切ではないかと。
3.11震災以後、ブログ「てあての心で」を立ち上げ、
てあてをしているときのような、余分な思いや煩いのない
暖かな心で被災地に心を集めることを提案し、そのための祈りの機会を何度もつくってきました。
「てあて」を実際に体験している方はよく分かると思いますが、
遠く離れていても「てあての心」はすっと伝わり、自然な回復を促していくからです。

これからは、全国各地の原発にも「てあての心」で向き合っていきます。
北野天満宮にお参りして、道真の怨霊に苦しむことを思い浮かべたりはしません。
ただまっさらな清々しい気持ちでお参りすると思います。
余分な恐れや無意識にあるなんとなく嫌な感じは、できるだけ速やかに払拭した方がいい。
だから原発もきちんと供養してあげて、自らの心の中の原発もしっかり祓い清めておく。
そうすると危険性を分かった上で余分に怖がり過ぎるということもなくなり、
冷静に自然な対応ができるようになるので、事故がおこる危険性もグンと減ります。
また、何か起こった場合の被害も最小限にくい止めることができるでしょう。

無意識のお掃除を
今、目の前で展開しているこの世の中の出来事は、その全てが私たちの心の反映です。
何かが生まれるためには、その因が必ずあります。
原発も私たちの心が生み出したものです。
それは今考えてみるととても余分な心だったかもしれない。
そう気づいたら、その気づいた時から心のお掃除をして、ピカピカに磨いていけばいいのです。
ただ反省して後悔しているだけでは前に進みません。
余分なものは「ありがとう」と感謝の言葉をかけながら、ぽんぽん捨てて、一気にさっぱりさせてしまう。
そうすると本当に大切なものがはっきりするので、すらすらと快適にものごとが進むようになります。
心のお掃除の簡単な方法は、ていねいに体をゆるめて、清々しくて気持ちのよい状態にしていくことです。
もし心でも体でも、どこかに嫌な感じがあったら、それを放っておかずに、
すぐになでたり、てあてしたり、気持ちよく楽に動いたりしてすっきりさせます。
そうして、こまめにきれいにしておけば、お掃除は楽しくて簡単なものです。
心身の違和感が大きな時には、集中して体をゆるめていくといいでしょう。
特に、大きな怪我や病気をしたときには、
これは無意識の大掃除の機会だと思って、何の遠慮もなくせっせと体を楽にしていく。
そうすると、回復も早いし、回復後の生活がとても生き生きしたスムーズな流れになります。

気功をする意味
「心がおちつく やさしい気功」は
震災後の心のケアのために作った気功です。
ゆっくり手をなでる。よしよしと頭をなでる。ほっと胸をなでおろす。そうした、
気持ちのよい、やさしくてゆっくりした動作を繰り返していると、
心がぎゅっとつかんでいた何かを、ふっと手放してしまいます。
気持ちよさを味わうことの中に自然に溶け込んでしまって、その他のことはさーっと流れていく。
そうして一度ほどけてしまうと、同じことをまた思い出しても、以前ほど強く緊張しなくなる。
だから、繰り返し、繰り返し「やさしい気功」を続けていると、
心の痛みが薄らいでいくだけでなく、しなやかで強い心が培われていきます。

ただ忘れるのなら、思い出せばまた痛む。
それは鎮痛剤を飲んで、その場の痛みをやり過ごすことと似ています。
痛みの原因そのものがなくなるようにすることが大切なのと同じように、
心の中にある回復力が自ずと働くようにしていくことが大切です。
そうすると回復と同時に、より豊かに夢が膨らむようになります。
気功は、体の中にある自然の力をよみがえらせていくもの。
この時代の大転換期に、大切な役割を果たしていくことでしょう。
5/5こどもの日は、3日間の「禅密の学校」の最終日でもあります。
こどものような天心に戻って、祈りと瞑想を深めていきたいと思います。
ただポカンとして、体をできるだけ楽にして、
わずかに微笑み、すーっと心が澄み渡るような時間を共有しましょう。

2007.11.05

てあての会 終わりました

きょうはてあての会。「穴追い&禅密」2回目。
経験者のみ、8名、事務所です。
前回とほぼ同じメンバーで、
2時前にはすっかりみなさんおそろい・・。

すぐに始めて、始めたらすぐに消防車の音が。
廻って来たなぁと思ったら、縁側の向こうに一台とまる。
2筋向こうが一件、きれいにやけて
始まった時に「どーん」といった音は
屋根が落ちた音だったそう・・
すごい灰色の煙が上がっていて、天野は様子を見に行きました。
「煙が白くなったら、だいたい収まったんだよ」と男性の方に伺って
みんなで縁側から、煙の色をみていました。
私はいちおう、延焼したら逃げられるように通帳と金庫を手元に用意。
もしもの時は、みなさんに
パソコン一台ずつ担いでもらおうと、ひそかに心づもり。
「煙が白くなってきたから、そろそろ戻ってきはるやろう」と言っていたら
天野が戻ってきました。
案の定、ホースを消防車から出したり絡まるのを直したり、手伝っていたそうです。
さいわい、けが人はなかったようです。
電線が焼けたみたいで、もしかしたら
事務所の電話やfaxがつながらないかもしれません。
気功協会は光ファイバーなのですが、
すぐに関西電力さんも見えていたし、復旧は早いと思います。
収まってきたようすなので、
まだ消防車がたくさんいるなかで活元運動、背骨の観察、穴追い、瞑想。
天野もみなさんも落ち着いていて、
最後の瞑想は、戦場の中でしているようで
ここから静けさが広がっていくのかと、なんともいえない感じがしました。
ひとりだったら、とてもこわかったと思います。
大家さんから、出てくださいとの矢の催促。
週末ごとに、新しい事務所を探す日々です。
やはり、事務所は出ないとならない。
8人のみなさんがいらして、ほんとうに心強かったです。
てあての会が終わる頃、消防車のエンジン音も聞こえなくなり
雨が降り始めました。
鎮まっていく雨ですね・・。

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