心の大掃除
「季節の気功・師走〜心の大掃除」から。(純)
12/14 朝日カルチャー京都 天野泰司
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辛いことや苦しいこと、さまざまな経験や記憶が積み重なると
状況がすでに変わっていても、
新しい流れが感じ取りにくい。
人は、習慣的に、自分で自分を傷つけたり
動きを制限したり、
体が傷む状況を作り出すことができる。
これは動物にない能力だが、これまでは
それによって、自らの枠を狭めていることが多かった。
これからは、本来の力を「本当の意味で」使っていく。
なぜ、苦しむ力、悩む力、傷む力があるのか。
本能的に相手の状態を思いやる、いつくしみの心があるから。
それが、使い方を間違うと、自らを傷つける方向へ働いてしまう。
「私が考えていること」は、「私の」意志だ、というのが
今迄の考え方だった。
「考える」、そのもうひとつ前の働きに直接触れていく。
さまざまな思考は、仮のもの。
そのなかから、ピッタリのものを選ぶ。
考えてきたこと、確かに思考としてあったことを
気楽に「水に流す」ことが大切。
下鴨神社の中にある河合社に、鴨長明の「方丈」がある。
「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」
いのちは常に移り変わり、毎日違う自分がある。
はかなさの中で、私たちは輝いている。
だから、大事なことを、先送りしない。
ちょっとお茶を飲もう、と思ったら、お茶を飲む。
自由な選択が自分の中で保証される、
多くの人に、今、それがない。
12/22は冬至と、新月が重なっている。
太陽の力が弱まり、また強くなっていく始まりの日。
月の力が弱まり、また強くなっていく始まりの日。
それが重なることは、19年に一度だそうだ。
体と心の切り替わる時。
私たちはそうして、周囲を構成しているものの影響を受け
構成しているものは、私の影響を受けている。
私たちは、ひとつ。
元の流れに戻ってゆく。
[実習・立って動く]〜ふりこ、腰まわしなど
辛い事があまりに大きかったり、
役割のために嫌だけれど、そのように行動する、
私たちはそうした時、一時的に感情にブレーキをかけて
対応することができる。
けれども、ブレーキがかかりっぱなしだと
感情の豊かな世界を味わうことなしに生きていくことになる。
感情は、生きていくために必要な
原初的な感覚。
好きか、嫌いか。
好きなもの、引き合う何か。
嫌いなもの、反発しあう何か。
その感覚は生きていく基本、無理をしないこと。
余分な力を抜く=ゆるむ。
肩の荷を下ろす。さらさらと流れていく感じ。
手放す=ゆるす。
ゆるさないことで自分が苦しみを負う。
手放すことで、具体的にどうしていくか、動きが起こる。
例えば、言えば伝わった、など。
法然の父は仇討ちで殺されたが、
それを恨まぬよう遺言し、法然はそれを守って出家した。
恨みは連鎖し、積み重なる。
ゆるすことは、大きな力。
「さらさらと水に流す」習慣の大切さ。
日本では、年末に津々浦々の神社で
大祓祝詞が上げられる。
「もろもろの罪、穢れ、過ち」を
神々が次々に受け取り、バトンタッチして
最後はさすらっているうちに、どこかへ無くしてしまう。
国中で一斉に、
意識が生み出した不要なものを無くすことを
している国は、非常に少ないのではないか。
天皇制と神道が結びつけられたのは
さきの戦争のため、ごく最近のこと。
特別な宗教としてでなく、
心をきれいにしてしまう習慣のひとつとして
大祓がどんなものか、知ってみると面白いと思う。
[実習・心がおちつく やさしい気功]
一度人間をやめてみると、元の地平に戻れる。
肩の力を抜く、なでる。
自分がなくなっていくような、そうしたことを
冬至まで、続けてみるとよい。
この時期は、捨てながら
具体的でない夢、何もない夢、
自分にピッタリの何か、とてもワクワクする素晴らしいことを
漠然とイメージして
新年には、新しい夢を描いていく。
