気功のひろば
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ブログ

2014.12.17

心の大掃除

「季節の気功・師走〜心の大掃除」から。(純)

 12/14 朝日カルチャー京都 天野泰司 

・・・・・

辛いことや苦しいこと、さまざまな経験や記憶が積み重なると
状況がすでに変わっていても、
新しい流れが感じ取りにくい。

人は、習慣的に、自分で自分を傷つけたり
動きを制限したり、
体が傷む状況を作り出すことができる。
これは動物にない能力だが、これまでは
それによって、自らの枠を狭めていることが多かった。

これからは、本来の力を「本当の意味で」使っていく。

なぜ、苦しむ力、悩む力、傷む力があるのか。
本能的に相手の状態を思いやる、いつくしみの心があるから。
それが、使い方を間違うと、自らを傷つける方向へ働いてしまう。

「私が考えていること」は、「私の」意志だ、というのが
今迄の考え方だった。
「考える」、そのもうひとつ前の働きに直接触れていく。

さまざまな思考は、仮のもの。
そのなかから、ピッタリのものを選ぶ。

考えてきたこと、確かに思考としてあったことを
気楽に「水に流す」ことが大切。

下鴨神社の中にある河合社に、鴨長明の「方丈」がある。
「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」
いのちは常に移り変わり、毎日違う自分がある。
はかなさの中で、私たちは輝いている。

だから、大事なことを、先送りしない。
ちょっとお茶を飲もう、と思ったら、お茶を飲む。
自由な選択が自分の中で保証される、
多くの人に、今、それがない。

12/22は冬至と、新月が重なっている。
太陽の力が弱まり、また強くなっていく始まりの日。
月の力が弱まり、また強くなっていく始まりの日。
それが重なることは、19年に一度だそうだ。

体と心の切り替わる時。

私たちはそうして、周囲を構成しているものの影響を受け
構成しているものは、私の影響を受けている。

私たちは、ひとつ。
元の流れに戻ってゆく。

[実習・立って動く]〜ふりこ、腰まわしなど

辛い事があまりに大きかったり、
役割のために嫌だけれど、そのように行動する、
私たちはそうした時、一時的に感情にブレーキをかけて
対応することができる。

けれども、ブレーキがかかりっぱなしだと
感情の豊かな世界を味わうことなしに生きていくことになる。

感情は、生きていくために必要な
原初的な感覚。
好きか、嫌いか。

好きなもの、引き合う何か。
嫌いなもの、反発しあう何か。
その感覚は生きていく基本、無理をしないこと。

余分な力を抜く=ゆるむ。
肩の荷を下ろす。さらさらと流れていく感じ。

手放す=ゆるす。
ゆるさないことで自分が苦しみを負う。
手放すことで、具体的にどうしていくか、動きが起こる。
例えば、言えば伝わった、など。

法然の父は仇討ちで殺されたが、
それを恨まぬよう遺言し、法然はそれを守って出家した。
恨みは連鎖し、積み重なる。
ゆるすことは、大きな力。

「さらさらと水に流す」習慣の大切さ。

日本では、年末に津々浦々の神社で
大祓祝詞が上げられる。
「もろもろの罪、穢れ、過ち」を
神々が次々に受け取り、バトンタッチして
最後はさすらっているうちに、どこかへ無くしてしまう。

国中で一斉に、
意識が生み出した不要なものを無くすことを
している国は、非常に少ないのではないか。

天皇制と神道が結びつけられたのは
さきの戦争のため、ごく最近のこと。
特別な宗教としてでなく、
心をきれいにしてしまう習慣のひとつとして
大祓がどんなものか、知ってみると面白いと思う。

[実習・心がおちつく やさしい気功]

一度人間をやめてみると、元の地平に戻れる。
肩の力を抜く、なでる。
自分がなくなっていくような、そうしたことを
冬至まで、続けてみるとよい。

この時期は、捨てながら
具体的でない夢、何もない夢、
自分にピッタリの何か、とてもワクワクする素晴らしいことを
漠然とイメージして
新年には、新しい夢を描いていく。

2014.12.16

更年期〜体の秋

自分にしかできないことが、ある。

ゼロに戻って、今、何をしようか、と
体に聞いて、動いていく。(純)

 11/22 朝日カルチャー中之島 天野泰司 

・・・・・

更年期、という時期は、女性はわかりやすい。

生理が終わる。
卵子の着床〜排泄、という役目を果たすことが終わる。
それは、生理が始まる時と似た劇的な変化。

小学生の頃は、男まさりの女の子が多い。
運動能力が同じでも、女の子のほうが成長が早いためだが
子どもを生み、育てられる体になってくると
運動能力に差が出てくる。

女性らしさや性欲は、更年期を過ぎても維持されるが
エネルギーの使い方が変わる。
これからが本番。

子どもを育てる事は、大きな社会貢献活動。
社会は人で出来ている。
次の社会を築いていく子どもを育てることは、一番大きな土台で
どんなことよりも優先されていい。

教育が重視されるが、それでは間に合わない。
大切なのは、妊娠以前から生後13ヶ月(男の子は15ヶ月)。
そのかんは、母子は一心同体。

周囲は、母子が心地よく過ごせるよう集中することが
何よりも重要。
母は、勘に従って動くこと、自分の心地よさがわかることが大切。
妊娠の準備段階でそれができていることが、
社会的に大切。

それぞれの人の役割、使命は、その人にしか果たせない。
たとえ、生まれ育ちがどんな過酷な状態であっても、
みな、「自分にしかできない」ことがある。

それが何か、は、考えなくてもいい。
頭で考えることではなく、骨盤が判断すること。

思春期は華やかだが、見えている範囲が狭い。
更年期になると、視野が広がって
まるでこの秋の美しさのように、毎日を味わえる。
それは、骨盤が開いた状態になってくるから。

更年期になると太りやすいのは、骨盤が開いてくるため。
極端に太るのは、開き方がどこかでストップしている可能性がある。

自分にしかできないことをする。

本領を発揮すると、動いていて楽しい。
そうすると、自ずと骨盤が自由に動き出す。

男性は、骨盤の機能が衰え、不足してくる。
すると体がねじれやすくなり、おしっこの回数が増え、
我慢がきかなくなる。
なので、ねじれを解消すると、骨盤に集中しやすくなる。

具体的な症状としては、
・眠りにくい・・エネルギーが余っている。
・耳鳴り、頭痛・・年をとると耳が遠くなったりする。
  耳も股関節の系統なので、骨盤の動きがスムーズになると楽になる。
・冷える・・骨盤が閉まりにくいか、閉じたままになっている。
・肩こり、くよくよする・・今迄と同じように食べていると、
 食べ過ぎになって肩こりがおこる。1週間くらい、量は変えずに栄養を落とす。
 野菜やこんにゃく、汁物など中心に。

栄養を落とすことで、楽になることが多い。

体に負担をかけないようにして、楽に生きる。
誰かに手渡したり、
自分にしかできないことをする。
それが、社会貢献になる。

何をしていいかわからない時は、とりあえず動いてみる。
ゼロに戻って、今、何をしようか、と
体に聞いて、動いていく。

ねじりのふりこ・・ねじれの解消。
甲状腺(のど)、耳下腺をなでる・・若返りの急処。
わきの下をつまむ・・お乳は、心臓と関係。

2014.12.16

感覚が深まる

「季節の気功・霜月〜感覚が深まる」から、最後のお話をすこし。(純)

 11/9 朝日カルチャー京都 天野泰司 

・・・・・

日々新しく生きる。

私たちは、20才くらいを過ぎると
日々老いていく。
その中で、いかに気持ちよく素敵に生きていくか。

私たちは、生まれた瞬間から
日々新しく死に、蘇っている。

何が正しい、正しくない、ということはない。

考えるだけで気持ちよくなる思考、それが体に適切。
いい・わるいはなくて、
その考えは、体に合うか。
生きていくことが、より生き生きするものか。
より気持ちよいか。
体を育てていくものか。
それが指標になる。

2014.08.24

ぐっすり眠り、呼吸を深く

3ヶ月に1回、伺っている中之島。
フェスティバルホールの上階、
赤い大階段の前を通っていくのも、楽しみです。
今日のテーマは「眠り」。
どんなことが深い眠りに関係があるのでしょうか。(純)

 2014.8.23 朝日カルチャー中之島 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・

この季節は、眠りが浅くなりやすい。
夏は、呼吸器がよく働く季節。
呼吸器が疲れると、あごが出て背中が丸まるような姿勢になる。
そうすることで休んでいるのだが、
この姿勢は息を吐く時の姿勢なので、
常態になると、息が吸いにくくなる。

息を吸うときは胸が開き、腰がすこし反る。
この両方の姿勢がバランスよく柔軟に動いているのが、
呼吸の深い状態。

吸ったり吐いたりする時の骨盤の微妙な動き、
これは、前後の運動。

腰をすこし反るほうが楽な人は、もっと反る。
丸まるほうが楽な人は、もう少し丸まる。
体は、楽なほうへ余分に動くと自然に整ってしまう。
これを「操体法の原理」という。

例えば前後運動の調整をすると、呼吸が変わってくる。
左右運動が楽になると、おなかや消化器系統の動きが良くなる。
運動から、内臓の不調が解消できる。

たとえば便秘が必ずしも悪いわけではない。
緊張しないとならない状態だと、動物は便をしない。
人間でも、例えば旅行中は
大便をしないことで状態を保ったりする。
けれど、安全になってもそのままだと
体の運動に偏りが生じてしまう。
固定した状態を、すこし強調することでゆるめる方法を
試してみよう。

[実習・操体法〜気持ちのいい方向へ動く〜左右・ねじり・前後]

心がおちつく やさしい気功」など
かんたんなことを、繰り返しゆっくりやっていくことでも
同様の「ぽかんとした集中」が得られる。
気持ちよさに集中していくことが大切。

「眠れない」ことの大部分は、
体が疲れているのに
あたまのなかが忙しいため。
なぜそんなことが起こるのか。

ひとつは、エネルギーが余ると、眠れない。
昔の人は粗食で、よく歩き、疲労して
ぱたりと眠った。
今は食べる回数や量が多いが、動くことが少ない。
例えば「朝ご飯を食べる」ことは、近代的な習慣。
なんだか食べないと不安になって、たくさんのエネルギーを吸収するが
エスカレータに乗ったりして、使うことが少ない。
エネルギーが余っていて、眠りにくいということがある。

とくに更年期にさしかかると、エネルギーを取る量を
減らすとよい。(→次回11/22のテーマ)
自分の食べたいものを、食べたい時間に、食べたいだけ食べる。
おつきあいや、決まりで食べない。

もうひとつは、エネルギーの使い道。
自ら決めて、自分が中心になって
責任をもって事を行うと、純粋にエネルギーを使う。
「人のために、世界のために」という志で、責任をもって自ら動くと
性のエネルギーが昇華され、眠りやすくなる。
性を性として果たしていくことも、大切な使い道だが
社会の中で責任をもって事を行うことで、
エネルギーを使い、気持ちよくストンと眠れる。

言われて物事をいやいやすると、疲れるがエネルギーは消耗しない。
ちょっとした気持ちでエネルギーの使い方が変わる。
例えば「きょうは晴れているし、洗濯干すと気持ちいいな」と
さっさっと干していくと、余りがちな性のエネルギーが
純粋に昇華されていく。
こうした本質的なことを知ると、対処の仕方が広がって、とても眠りやすくなる。

からだの中では、性エネルギーは腰椎(骨盤)でみていく。
先ほどの操体法でも、腰椎の調整がされている。
偏ったままだと、ある方向にだけ
運動の昇華ができない状態、
エネルギーをある方向にだけ使えない状態が起こる。
やりたいという気持ちが欠けていく。

体のとどこおり、偏りによって
やりたいことがやりにくいことが起こる。
腰椎1〜5番の働きがよくなり、弾力が出ると
積極性が出て、
楽しく主体的に物事ができる。

「やりたくない」=動かないぞ、という決意。
余計に動きにくくなり、それを繰り返しているうちに
潜在的な異常が固定する。
それは、外的な要因で発散せざるをえなくなり
重い病気や、事故などを起こしてなんとか均衡を保とうとする
動きが起こることもある。

性格や根性などでなく、
全ての状態は体から生まれている。
つまり、全ての状態は、体から調整できる。
それも、やさしく、簡単な、気持ちよい方法で。

[実習・心がおちつく やさしい気功]

自らの体に集中することは、心に集中すること。
かんたんでシンプル、ゆっくりした動きが
体の変化を感じやすい。
ただ気持ちよさを感じながら、じっくり自分と向き合う。
そのことで、自ずと変わってくる。

吐き切ると、自然に空気が入ってくる。
まず3回、ゆっくり息を吐くと、リズムが変わってくる。
そうすると、体全体が変わってくる。

「ぐっすり眠る=呼吸が深い」。
「おちつく気功」を3日4日やっていると、体が変わってくる。
それを過ぎると、定着し、回復に向かってゆく。

人には「うごいてやすむ」というリズムがある。
一番休んでいる、眠っている時に体は回復する。
こうしたことが、本質的な解決法になる。

眠りの急処は後頭部、首の左右、
胸骨、腰椎1と3番、胸椎11番、耳。

[首の前後たおし・ゆっくり首を回す]
後頭部は生命力のセンター、
首はエネルギーの通り道。緊張をほどくことで
エネルギーの流れがよくなり、楽になる。

[背骨をゆらす]
ゆっくりゆれることで、腰椎1〜5番(骨盤)全体の調整になる。
それは性の働きに直結しているので、
エネルギーの流れが潤滑になり、効果が高い。
ただ、気持ちよさにまかせて動く。
頭や首をゆるめてから行うとよい。

[肩を上げ、ストンと落とす]
両肩を耳に向けて上げて、ちょっと後ろに回し、ストンと落とす。

[耳をつまむ]
耳のなかに固いところがあったら、
それをしっかりつまみ、ゆっくり外側に向けて
ほぐしていく。

眠りが深すぎて、眠っていたことを覚えていないこともある。(笑)
そういう時は早く目が覚めるので、
眠れていないと思ったりするが、ほんとうはよく眠れている。
耳がやわらかかったら、眠れているとわかる。

[立って動く]のびやかに背骨をゆらす。
からだにまかせる。

体の中から自ずと動く、
そういう時、エネルギーは純粋に巡っている。

動いていないように見えて、
体の中が自由自在に動いている、そういう感じを
気功を通じて培っていこう。

・・・・・・

テーマは「眠り」、
眠りの元にあるのは性のエネルギー。
それをどう使っていくか、積極性・主体性が大事、
そういうお話でした。
次回11/22は更年期、
エネルギーの使い方が切り替わる時期、がテーマです。

2014.08.13

夏の疲れを抜く

台風が四国〜本州を通過。
雨風が、いちばん強いような時間帯に始まって
終わる頃には、止んでいました。
台風のただなか、そして台風とともに過ぎた講座。
とてもいい内容になりました。

  2014.8.10 朝日カルチャー京都  天野泰司

・・・・・・・・・・・・・・・

台風が直撃する時には、息苦しかったり
胸椎3番に反応があったりするが
今回はそんなにないので、
体の感じで、直撃ではなくて
今いるところが安全だとわかる。

同じように、地震のときは胸椎7-8番に反応が起こるので
ざわざわした、いやな感じになる。
例えば前の日にスッキリした感じがあると、
今向かおうとしているところは、安心。
そうした体の感じは、たくさんの人に共通して起こるので
多くの人の体を見ると、より正確にわかる。

台風は気圧のとても低い低気圧なので、
高い山に登っているような息苦しい感じがして、
湿気が強い。
なので、呼吸器系と泌尿器系が今日の焦点だろう。

京都造形芸大の通信教育で講師をしていて、
心がおちつく やさしい気功」を1週間続けてもらうのだが
だいたい3日、4日で変化が起こってくる。

送られてくるレポートを読んでいると
いろんな人に、同じ時期に、同じような大変さが起こることがわかる。
複数の人が、めまいが起こっていたり、
同時期に腰痛があったり。
ひとりが体温を記録していると、次の人も記録していたり。

それは、人と人との潜在意識(無意識)が、離れていてもつながっているから。

人と、季節の移り変わりも密接な関係があって
そうした体のシンクロが、思考のシンクロを呼ぶ場合もある。
私たちは、宇宙の動きともつながりあっていて
自分だけの判断、というより
「集合的無意識」が決めていることも多い。
それを、ひとりひとりがどう受け止めているか。

「その人だけを見る」から、「全体的な関係の中で見る」のがよい。

家族や、身近な人は気が通じ合っている。
例えば問題児がいる家庭があったとして、
その子がいることで家族がうまくいっていたりする。
親は、「大変だ」といいながら、その子に集中することで
エネルギーが分散されていて、
もし急にいなくなったら、何で発散していいかわからなくなるかもしれない。
その子どもは、家中のエネルギーを吸収してくれている存在。

人のエネルギーは、使わないと余ってしまう。
余ったエネルギーは、使わない限り
体を壊したり、誰かに迷惑をかけたり、といったことに向かいやすい。
「問題」が、本来の問題であるかどうかは、考える必要がある。

なので、「集まって」「それぞれ自分を整える」のが効果的。
そうすると、気が通じ合っているので、みんなが整う方向へ向かう。

さきほどの家族なら、例えば
「そこへエネルギーを向けなくても、もっと遊んだらいいじゃない」など、
みんながそろって変わると、うまくバランスがとれる。
「私は私で、ちょっとエネルギーを分散するわ」
「僕はもうちょっとおとなしくなってもいいかな」と、それが同時に進行することが大切。

何か問題があってそれを解決するのではなくて、
それぞれが自分を整えていく。
きょう集まっていただいたこともご縁、
自分自身をそれぞれが整えていくことで、そうした潜在意識的な働きが起こる。

「自分を整える」ことはやさしい。まず、「おちつく気功」から。

[実習・心がおちつく やさしい気功

つながりあっていくなかから、変わっていく。

親しい人は「気を遣わない」「気が通じやすい」などという。
自分の準備が整うと、相手の準備も整っていく。
私が変わると、私の周囲も変わっていく。

通じやすい人と、一緒に変わっていくのがよい。
通じにくい人には、遠回りのようだけれど、周囲が変わってくるなかで
だんだんに変化が訪れる。
なので、気の合わない人には、無理な努力をしない。
けれど、自らの働きかけは必要。

努力する(=意識する)ほど、遠のいていく。
それは、非論理的な部分にブレーキがかかるから。

「まかせる」ことで、直感的な働きが起こる。
勘が働き、次々に連鎖が起こるような状態がよい。

なるべく早いタイミングで、努力を手放す。
力を入れていたその手を、ただ放せば自由になる。
握っている限り、その手は他のことには使えない。

固定した状態、病、症状を手放す。
手放してみると、ふっと変わってしまう。

原因を探し、とりのぞく、やっつける発想では
相手もますます強くなっていく。
対立的な方法ではなくて、
そうしたものは傍らに置いておいて、単純に、自分自身と向き合う。
調和的な方法をとる。

自分の外に原因を捜すのではなくて、
そのすべてを、自分として大事にし、可愛がる。
心から大切にする。

それは精神論ではなくて、直接感じていけばよい。
たとえば、なでる。動かす。イメージする。
そうすると、気が集まる。

症状は、「今必要だから起こっている」と一度受け容れる。
敵も味方も、いいものも悪いものもない。

そうしたことを心得た上で、
気功というやりかた、
変化するポイント(活点)を知っていると、活きてくる。
変化も保ちやすい。
保たないのは、自分でやっていないから。

必要があって痛みが起こっている、と分かっていると
さまざまな治療も、主体的に使っていくことができる。
手法でなく、関係性の問題、
気の交流の問題、自分の中の調和の問題として。

[実習・夏の暑さ〜3つのポイント]

・・・このあたりで雨が上がってきました。人数が少なかったこともあって
   2人で組んで、お互いにポイントをとる練習に。

・めまい、ふらつき … 脳活点(頸椎2番)      神経系
・のぼせ、イライラ、神経過敏 … 頭部活点(頭部第2) 〃
・不眠、眠りが浅い … 後頭部(頭部第5)       呼吸器系

大切なのは「透明な集中」。

「だいじょうぶ? 顔色が悪いよ」などと
自分の心配な気を相手に集めていることがある。

また、瞑想等で「あんな素晴らしい体験をまたしたい」と
執着が起こることがある。
それは、なくなったものを求め、そこに向かって努力していることになる。
固定した状態はない。スタートも、ゴールも毎回違う。
あっさり捨てていく。

この3つのポイントは、この季節に役立つ
直接体に働きかける、通りのよい場所。
覚える時は、よくなる「時もある」と執着せずに。

秋に向けて、腎臓をなでたり、てあてしたりもよい。
水を飲む時は、まず熱いものをすこし飲んでから
おちついて水を飲むようにする。

2014.04.23

気持ちよい習慣を

春の東山。とちゅうで、どこからか一斉に
風船が空へ浮かんでいきました。

  2014.4.13 朝日カルチャー京都  天野泰司

・・・・・・・・・・・・・・・

「気持ちがいい」ということが、この季節に大切。

春は、骨盤が開いてくる。
たとえば生理の3日目、お産の時。
幸せに包まれる感覚。
個人差はあるが、みんな心と身体が開いてくる。

心=体、
体が開いてくる、ということは、心が開いてくることだから。

桜は、開いている自覚がない。
だからこそ開ける。

変化に気づき、それを忘れることが大切。

「産みの苦しみ」というが、病や苦しみを乗り越えたことで
より幸せが大きくなることがある。
ベースの「気持ちよさ」が上がってくることで、
キャパシティが広がって
どん底でも楽しめるようになる。

嫌なことがない、ということはありえない。
変化を受け容れると、打ち沈んだ時も、以前ほどいやでない。

赤ちゃんは「嫌な奴が来た」とは思わない。
「いや」と思うのも、後天的に身につけた能力で
その出来上がってしまった思いから、そうならないようにしようとする。

例えば風邪も、変化を経て自力で治るとすっきりする。
受け容れがたい時は「何か意味があるんだろう」と思うとよい。
変化がその目的を果たしていく。

(・・窓の外で、風船が空へ飛んでゆく)
こうして風船を目で無心で追うことは、
瞑想に近い感覚。
このように、ただ、その変化のありようを受け容れる。
それを、実習を通して感じていきましょう。

[実習]あくび〜おちつく気功

 ゆっくり首を前に倒し、息を吐く。
 ゆっくり後ろに倒し、口を少しあけてぽかんとする。
 あくびになれば、あくびをする。
 あくびにならない場合は、口をあけていってあくびをする。
 3回。

こうして、「ぽかんとしている」状態は
心と体が自由に動き、自然に流れていて、とらわれがない。

桜に「思わず」見とれる、その一瞬が瞑想のトレーニングになる。

春は、頭を使いすぎない。
骨盤に負担がかかるので、やめたくなったらやめること。
頭をポカンとさせるには、足腰を動かすとよい。

「歩く」ことがおすすめ。
ゆっくりマイペースで、目的や荷物を持たずに散歩する。

歩くことは、左右の骨盤に交互に力がかかり、調整になる。
片方の足に力がかかり、また自由になり、また力がかかる。
その、自由になったタイミングで、ふっと変わる。

2014.04.22

春に向けて〜肩の荷を下ろす

雪が大文字にだけ残り、どこか春の気配の東山に
白い大文字が浮かび上がっていました。

 2014.2.9 朝日カルチャー京都 天野泰司 

・・・・・・・

あたたかい日の翌日に、雪。
体が大きく変化する、よいタイミング。

いま、変化の大きい、春の時期。
私たちの心と体も、季節と響き合っている。
毎日、自分の心と体の状態を、丁寧にみること。
心配や不安も、
「あぁ、そんな気持ちがあるんだな」と客観視することで、
心が落ち着き、体が整う。
波があっても、その中で整ってゆく。

肩がゆるむと、心配や不安がなくなる。
頭で生産されるエネルギーは、腰に落ちると行動に変わる。
例えば「あ、吸い殻」と思い、「拾う」という行動に変化する。
「こうするべき」「べからず」という意識的な働きから
余分な力みが生まれ、肩でストップして、
頭で生産されたエネルギーが頭の中で回ってしまうことがある。
肩の余分な力がぬけたら、エネルギーが腰に落ちてさっと行動に変わり、
動くことなしに嫌なことが頭の中でグルグル回ることがなくなる。

 2月は、肩甲骨が開いて胸が広がる。
その肩甲骨がゆるむことで、体は一気に変化する。呼吸が変わり、土台となる骨盤が変化する。

[実習]
・肩甲骨の際をお互いにたどる
違和感を探すのでなく、ただ順々にたどっていくと、相手が自ずと変わってくる。
・立って動く…ふりこなど

春に向けて、希望をもつことで体が変わる。
漠然とした不安がつづくことは、体の負担になる。
不安は体の中で毒を生産する。
希望へ向かうか、不安へ向かうかは、考え方の習慣でしかない。

違和感があっても、そのままで健康。
症状への敵対心があるとうまくいかない。
対立がある以上、何も自分の中で解決はしない。
勝っても、やっつけたのは自分自身。

対立から、元々の、ひとつであった何かへ立ち戻る。
自分が変わると、周りも変わる。「自分」は、自然の一部。
自然とのつながり、みんなつながっていて、
同じ波の中で生きていることを感じる。

2014.04.22

願いを叶え、清々しい心と体に

オーストラリア、札幌からの参加も。
大阪・フェスティバルタワーの12階にて。

  2014.1.18 朝日カルチャー中之島  天野泰司

・・・・・・・・・・・・・・・

夢は、はっきりしているほうが叶いやすい。
例えば、「オーストラリアに住みたい」。
願えば、味わうことができる。

味わえる、体が許容できる範囲のものが叶う。
夢を抱きしめてしまう。
体に起こる抵抗、もろもろは忘れて、
夢の叶った楽しさをイメージする。
そうすると、体が納得していく。

一般論は、頭の中に入ってきた外部プログラム、寄生虫のようなもの。
体=無意識、「こうしたい」は体の中にひそんでいる。
味わえた夢は、叶っていく。
心の大部分が夢の方を向くようになるから。
夢が、ストンと意識に落ちれば、その方向へ向かう。

それは伝染して、周りの空気も変わってゆく。
まず、自分が気持ちよいと感じる夢を意識にストンと落としておく。
行くだけで元気になったり、ふっと出会ったことがキーになったりする。
現実を考えるのでなく、体の気持ちよさを中心に、素直に味わう。
すると、夢が素直に味わえる。

私たちは、宇宙生命として、ひとつ。
全部つながっている。
けれど、ひとりひとりに分かれていて、
それぞれできることをやっている。
例えばビルの解体をしたり、道路を作ったり、
こんな高い建物を建てて、ここで受付をしたり。
全部一度にはとてもできない。それぞれに、ちがう役割がある。

自分の夢を叶えることは、相手のため、全体の幸せにつながる。
叶うと、全体がまろやかになる。

[実習]あくび・首回し・腰回しなど。

こうして体を動かしてみて、ひとつ気持ちよさが見つかることは、
ひとつ夢がかなったことと同じ。
潜在意識が活発になる。

忙しいと、緊張しがちになって、
自分の気持ちよさに意識が向きにくい。
自分と向き合う時間を確保すること。
気持ちよさを探すこと。
そうすると、気持ちよい方向へ体が向くようになり、
嬉しい連鎖が起こってくる。

自己中心=本来の体の欲求を大事にして、2、3歩歩くだけで変わる。
自己責任=夢が叶うのは、自分の責任。

お互いに、気づかぬうちに叶え合っている。
こうして、”give and take”の限界を突破していくことで、世の中の仕組みが根本的に変わる。

2014.04.22

心も体も新たに

 2014.1.12 朝日カルチャー京都  天野泰司

・・・・・・・・・・・・・・・

去年、おととしと比較するより、
5年前10年前と比較、参考にしてみると
奇跡が重なって今があることが感じられ、
またどんな奇跡でも受け入れられる。

私たちは、傷つかないように割り引いて、経験にも照らし合わせて、
奇跡が起こらないように連想している。
自分にとって、最高にすばらしい年をイメージする。

 漫画「よつばと!」の帯には、
「いつでも今日が、いちばん楽しい日。」とある。
子どもには、毎日が新鮮。
子どもは、困難を困難にしない。
大雨の後、できた水たまりに喜んで入ったりして
すべてを新鮮な感覚で楽しんでいる。
本来、いいも悪いも無く、「すばらしい」も、その人の主観。

旧暦の1日である新月に夢を9つ、書いたり、
予定を見ながらカレンダーに書き込むのも良い。
自分のやりたい事が具体的に見えて、元気になってくる。

観察する。つまり、気の状態をみる。
とどこおりに、気をあつめて、ただ、待つ。
すると、変化が起こってくる。

例えば「頭が痛い」。
あたまの「どこが」痛いか、ポイントを見つけ、純粋に集中する。
「心がおちつくやさしい気功」をするのもいいし、
ゆっくり息をして、呼吸を整えるのもいい。
すると、「痛みを消したい」「なんとかしたい」という
余分な思いがなくなり、「忘れる」ことができる。

1月は、頭の骨が開き、2月は肩甲骨が開き、
3月は、骨盤が開いて上がる。
そうやって、体が春になってゆく。
体の変化に合わせて、好きなことに夢中になるといい。
自然にそうなるし、そうなると、また骨盤の動きもよくなる。

2012.12.17

努力を手放す〜年末の大掃除

今年最後の、朝日カルチャー。
衆院選投票日前日の、芦屋でのお話をまとめました。
  於:2012.12.15 朝日カルチャー芦屋 天野泰司

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 さらさらと流れていく心。赤ちゃんのような体。
そこへ戻っていくのが、気功。
言葉を変えると、それは「ゆるす」と「ゆるむ」。

それぞれに言い分があって、ゆるせないと思うこともある。
けれどその時、いちばん傷つくのは自分自身。
それに気づいているうちはよいが、
忘れてしまって、体のどこかに「ゆるせない」感じが残っている、
それは避けたいこと。
赤ちゃん、こどもは、恨みをもたない。だからこそすくすくと育つ。
こどもは、許容量が大きく、適応性が高い。
親から離れて暮らす子どもがある。
小さな子のほうが、逆境を乗り越えるのが早く
糧にして生きていくことができる。
大人が、頼りなく弱いものと思う、子どもの本質は全く違うもの。
元々備わっている、柔軟性。
大人も、そこへ戻ってゆく。

どんなに嫌な人が目の前にいても、
その人がいなくなれば何でもない。
それができれば、「心がさらさらと流れている」状態。
目の前にいる時の、いやな感じ、怖い感じは大切。
それは危機に対応する力。

いやな感じが通り過ぎたら、原点にサッと戻れる。
そんな心を求めて、いろんな修行が生み出されてきたが
普段の生活でもふっと気づく時がある。
宮本武蔵が決闘したという一乗寺下り松が事務所の近くにあるが、
彼は決闘の前にふと神頼みをしたくなり、神社の鈴を振ろうとした。
その途端に悟ったという。
「神頼みをしているということは負けている。でも、神というものは存在する」
人智を超えた存在に気づいた武蔵は勝つ事ができた。
悟りは、生活の中で、瞬間に訪れる。
瞬間に「ゆるした」状態に等しい。

ふと、頼ろうとしたものが消えてなくなったとき、残るものが真実。
真実以外は、思い込みで見ている世界。
自分の思いで世界を見るのは、人の能力。
目的に添って動けるからこそビルがたち、飛行機が飛ぶ。

けれど思い込みの使い方に、「未来を拓く」方向と
「過去に縛られる」方向がある。
未来志向の思い込みは、世の中の流れに合う。次々と変化していくもの。
過去に向かう思い込みは、例えば「昔はよかった」「ゆるせない」といったもの。
その思いは心を縛り、身動きをとれなくする。
心と体は、分かれていないから。

そこから抜け出すには、体から入っていくのが一番やりやすい。
年末は、当たり前と思っていた心の習慣を断ち切り
体をゆるめるのによい時期。
年末までは心と体の大掃除の気持ちで過ごす。
年が明けたら、生まれ変わった気持ちで、掃除の成果を味わい
あらたまった清々しさを味わう。

見えないところを掃除するのが大切。
ほこりは隠れているもの。
体の違和感、心の葛藤が年末に出て来たら大喜びして欲しい。
表に出て来たら、掃除が出来る。
気がついていくことが大切。

〈実習・首まわし〉 …頭のそうじ。
首をぶらさげ、息を吐く。
ゆっくりと、上を向いて、楽な角度で口をあけ、あくび。
3回。
ゆっくり、首をまわしていく。痛いところは避けるように。
一番、気持ちのいいポイントを、動きながら見つけていく。

〈実習・おなかをなでる〉 …おなかのそうじ。
腹がたつ、というのは、おなかの筋肉が緊張すること。
ゆっくりおなかをなでる。
下から右へ、上へ、左へ、円をえがくように。
受け身的な嫌な感じは、胃袋の左側に出てくる。
明るい空想ができないときは、そこが固くなっている。
ほぐれると、昔の事にこだわらなくなる。
下腹を何となく思う。
意識は、強すぎると反動が起こり、働かせないと動きが起こらない。
ごく軽く、ふっと思うだけでよい。
胸がつまるのは、呼吸を止めて我慢したから。
忘れているものは、思い出したほうがいい。
辛かったことや、体の痛みが出てくるのは、体のキャパシティがある時。

(選挙カーが通る) うるさい、早く終われ、などと思ってよい。
いい終えたらもうにこにこしている、それが心の強さ。
例えばダライ・ラマ法王は、自国民が大変な状況なのに笑いが絶えない。
それは大きな力になる。
「打倒・◯◯」と京大正門前にはよく書いてあるが、
「何々が悪い」という設定で物事を進めていくと、争いが絶えない。
自分のこころの中の葛藤が、体に表れて
気づいたら誰かを批判している、といったことが起こる。

「悪いものがある」「悪いものをたたきつぶそう」という考え方を切り替える。
光をみていく。
選挙なら、どの政党が光っているか。その中でどの政策が光っているか。
子どもなら、その中の光をみる。
その一番輝いているところをほめる。言葉は必ずしも必要でなく、
よくみていく事が大切。
一票を投じる前に、よく見ていくことが大切。
闇だけを排除していこうとすると衝突が起こる。
お互いに、その中のひかりをみていと、
自分の中にある光と同じものが見えてくる。
やり方や、順序の違いがあるだけ。

一番光っているところに光をあてていくと、闇は消えていく。
ただし「それはいけないことだよ」と悟らせる必要はある。
例えば子どもが鍵を壊した。「もうほんとに」と追いつめると出てこれなくなる。
自分で悪かったな、と思わせる。
「不便だな、直さないといけないかな」で充分、
言いすぎると反発が起こる。
過剰な感情や意志が折り重なると、対立の構図ができて前に進めなくなる。
自分で気づかせるのが、「叱る」ということ。
相手が気づくことが前提でなければ、叱れない。
「本当に大切なのは、いのちですか? 経済ですか?」
問いつめるのではなく、「もちろん、わかっていますよね」、
その余裕があってこそ、前に進むことができる。

自分のこころの中でも同じプロセスが起こっている。
自分で自分を否定し、立ち止まっていると前に進まない。
常に、光を見ていく。
自分が変わっていく、可能性を見ていく。
心がひかりをみる習慣ができていくと、自ずとそういう流れになる。
それは、もともとのそういう流れだから。

〈実習・立って動く〉 …ふりこ
単純な運動は、頭が休まりやすい。
ただ、動いている気持ちよさに集中していく。
それは、「光を見ていく」ことと同じ。
自分の中の、気持ちよさに集中する。
違和感が起きても、違和感でなく気持ちよさに集中する。
少しの振り方の違いで変わってくるので、どこが気持ちがいいか、という
視点でみていく。
微笑んで。=心の柔らかさを持って動く。
ダライ・ラマのようなにこにこを保って。
少しの間なら誰でもできる。ずっと保つのは鍛錬の成果。
気持ちよい運動が、体を育てる。
ふだんの生活の範囲で、筋肉を育てることができる。

心も同じ。
心の枠を自分ではめることは要らない。
「欠点を直さなければ」という思いは、心地よくない。
心地よくないと、心が育っていかない。
自分を叱る事なく、心がすらすらと流れていく、気持ちのよい方向へ。
努力をやめる。
ひっかかりのない、ゼロの状態へ。
そこへ戻るための努力もしない。ほどこうとすればするほど苦しい。
例えば瞑想を習慣にするのはよいが、義務化はよくない。
やってみたいと思っているのが一番よい。
努力していると感じる努力は、やりすぎ。

努力から離れていく。
本当に力を出している時は、努力を感じない。
そんな時、体は全力で動いている。
努力を手放す。それが年末のテーマ。
年明けは夢を描いて、生活に華を添える。

今、変わるタイミング。
辛さ、痛みが出てくるたび、体をなでてざーっと流していく。
ゆらす。
ちょっと座ってみる。
そうしたことを、やってみてください。

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