気功のひろば

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2017.08.24

願いをかなえる〜七夕てあての会

恒例になった「七夕てあての会」。
理事・よしふみさんが切ってきてくださった笹に
みなで短冊をつるし、周りで盆踊り。
願いを天に届けました。

「願いが叶うことは自然」と天野がいう、ポイントをまとめてみます。
(純)

2017/8/11 天野泰司

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自然は、無限に変化しつづけ、とどまることがない。
いま生きていること自体が奇跡、
「私」と他の人とは違う。
体に正直に生きる。

「やりたいこと」と、「やらなければいけないこと」を、今日は区別して
「やりたいこと」を短冊に書く。
体に聞いて、明瞭に分ける。

同じ方向を向いて、同じことをやっていく、全体主義にはすぐ限界が来る。
そのブログラムは単純なので、何度でも発生するが
合わないことに努力しない。
同じ方向を向かない。

「右向け右」ではなく、「どっちでもいいよ」という世界観にいないと
それぞれに最適なものは選べない。
思い、願いが叶った状態、それだけを思い浮かべ、枠を外す。

短冊を書くときは、
・過去形、現在進行形で書く。(身)
・書いてから、つぶやく。  (口)
・ありありと空想する。   (意)

密教で「三密相応」と言うが、
「自分が何をしたいか」に照準を合わせて、「身口意」を一致させる。

その時に、みぞおちがゆるんでいて、下腹部に張りがあるなら叶う。

もう決まっていること、決まっていないこと
どちらも書いてok。
決まっていることは、イメージを鮮明に、
事象をひとつひとつ詳しく分割して書く。
決まっていないことは、「実現する」+「その中の大事なポイント」に絞る。

自分のことを書く。
叶って困ること、人のことは書かない。

ユングが「集合的無意識」と表現したが、
意識できない9割の「潜在意識」、体とつながる部分は
みんながつながっている。
ひとりの夢が叶うことが、みんなの夢がかなうことにつながる。
それは、インターネットのしくみと似ている。

本来の、「自分のやりたいこと」をはっきりさせていく。
そして、書いて、つぶやき、空想して、忘れる。
そうすると、潜在意識の深いところへ
願いがストンと落ちる。
こうして「短冊」という形で、吊るして燃やして煙になり、
天に手渡していくのはとても良い。

自分の、手をあてたいなと思う所にてあてして
気づかなかった痛み、違和感に気づく
「てあて」もよい方法。
潜在意識との交流を深め、潜在意識が変わる。
[実習・足と首のてあて]

「生きている」こと自体、「生きよう」とする
願いが叶っている状態。
その中の細かいことをみていく。
日常を「夢を実現しつついる状態」として、
細分化して、独立した願いを立てていく。

[実習・短冊をかく〜周りで江州音頭♪]

(純)

2017.08.24

自分で見つける〜7・8月気功の学校

「気功の学校」後期、7-8月のお話から
少し、まとめますね。(純)

2017/7/2・8/6 天野泰司

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*7月 

体が「100%万全」といったことは、ない。
季節や、時期でも変化するもの。
すっきりしないところで、自力でバランスをとる。
苦しさ、つらさを敵視しない。

みな、苦しみ、辛さを抱えて生きている。
自力で壁を乗り越えようとする時に、辛さ・苦しさが伴う。
「やはり生きていこう」とするから苦しい。
自力、他力、そして天の力といったようなもの、
そうして乗り越えて体力が培われる。

そうした「天然のトレーニング」といったようなことが、
絶え間なく起こる。

梅雨は最も過ごしにくい時期、
汗をどんどんかいていくべき時期なのに、
長雨で汗が出にくく、腎臓に負担がかかる。

なので、「楽に動く」ことが大切。
立って、歩いたり、踊ったり。足腰を使う全身運動がよい。
自由に動く「活元運動」や、しゅーっとのびのび「ふりこ」をするのもよい。

*8月

夏。体力が必要な時。
生命力の中枢、後頭部、おなかにてあてを。
そして、楽に動きながら、不要な物を外に出す。
動いたら、ストンと休むと、深い息が入ってくる。

「楽」を見直す。
漫然と物事を行うのでなく、どうしたら楽なのか
いま、一番楽な姿勢はほんとうにこれでよいのか、
「自分で見つける」つもりで。

気功のポイントは「自分で見つける」スイッチを入れること。

そして、日々「心にささったこと」は、その日のうちに抜く。

・リフレーミング
「こうした見方もあるよ」と、自分にも、相手にも
捉え直し、言葉で伝えることで、頭の掃除になる。
「AだからBだよね」といつも思っていることを、
「Cでも、Dでもあるよね」と、違う見方を探してみる。

「すべてポジティブに、ということでなく、そのままを認め
いろんな見方があることに気づいていく。

相手は、自分の認めた通りになる。
状況そのものも、変わっていく。

その後、首をらくに、目を楽に。
あたためたり、手をあてたり。
そうすることで、分離していた頭と体がつながる。

・願望実現法
リフレーミングとは両輪にあたる。
8/11「七夕てあての会」で、短冊を書きながら、詳しく。→つづく
(純)

2017.08.22

縁と空について〜「禅密の学校」7月

「禅密の学校」7月の2日間より、
少しだけお話をまとめます。

2017/7/16-17  天野泰司 
於:アスニー山科和室
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今期のテーマは「私が背骨」。
背骨は、自然界全体と交信するアンテナ。

「背骨が自由自在に動く」ことが、禅密気功の中心。
それは、無限にある選択肢の中から、
瞬間瞬間、最適な動きを選びつづけること。
そして、背骨もなくなり、私もなくなる。

自他の力を、区別する必要はない。
「私」は自分に限定されない。

私たちは、世代を越えた無数の「縁」(=つながり)によって存在していて、
つながりがなければ、今存在していない。
それを「空」と呼ぶ。

「これが自分だ」という虚像、
作り上げた壁をほどいて
縁、空に還る。

「体の自然に還る」ことを、禅密では「先天に戻る」という。

仮のものである「私」が崩れると、「私のもの」もなくなり、
わずらいもなくなる。
西田天香さんの「無一物中無尽蔵」とした生き方、
こつ然と各地に現れた「妙好人」たち。
「空」「縁」といった考え方を灯火に、
心を自由に、体を通して、本質を理解していく。

体にまかせて、素直に軌道修正をする。
苦しみは苦しみとして享受し、
生活のなかの全てにある、快感を感じ取る。

礼節を重んじていた時代から、「我」を中心にするように変化して
自分に都合のよいことを身の回りにあつめ、
他人を責めることが多くなった。

自分の中の美しい部分をみとめ、
相手の美しい部分を心で拝む。
「てあて」をする時、お互いに礼をし、礼で終わるように。
相手の中の、先天をみる。

「これが私」と思っているものは虚像、
日常とリンクして、体で「空」を感じ取っていく。
(純)

2017.08.21

夏の疲れを抜く 〜8/20京都

厳しい残暑の中を、20人ほどの方が来てくださいました。
窓の外には東山、大文字。
涼しい会議室で、ひとときのゆるやかな休息。
年々厳しくなる暑さや、日々のよしなしごとを
しばし置いて、静かな心と身体を取り戻すひと時となりました。
(純)

2017/8/20 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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*頭の気を下ろす

暑い日が続き、ふらふらした時などは
まず、頭に上がっている気を下ろすとよい。

[実習・頸椎2番の左右、頭部活点のてあて。
あくび〜心がおちつく やさしい気功」。

「頸椎2番の左右」は、上を向いてみて、頭と首のちょうつがいになっている位置。
右側は頭の血が下がる、ふらふらする時など。
左側は上がる。貧血の時など。
「頭部活点」は、鬼の角が生える位置。
ゆっくり、指先でてあてする。

こうして、涼しい場所で、「体がほっとする」一連の時間をとることで
周りの状況は変わらなくても、受け容れ方が違ってくる。
さまざまなことを、脚色・評価なしで、自然に受け取ることができる。

苦しみ、悩み、心配は、四六時中考えていると疲れてしまう。
いっとき手放す。
そして、ほっとした感じを作ると、許容量が増えて
見直すことができたり、
山が越えられそうな気がしてくる。

最初はエベレストのように思えていたものが、
モンブランくらいに思えてきて、
「富士山くらい、いや、比叡山くらいかも」
「それならば自分の足だけでなく、ロープウェーやケーブルを使おうか」
そんな感じが出てくる。

自分で、「山が高い」ことを決めている。
山のけわしさ、高さを決めている。
その大脳の働きを、(先ほどのような)やさしい動きで
ほどいていくことができる。

そうすると、自らを苦しめていた頭の働きが抜け、
体もゆるんで楽になる。
脚色して、苦しみを増やしている。
「こんなに苦しい」と決めている。
そうしたことも減ってゆき、
生じて来る大変な現象も減る、という
効果が連鎖して起こってくる。

ひとりひとりの潜在意識は、深い部分でつながりあっている。
動物的、植物的、物質的感受性といってもよいが
そうして、私の「高い山が次々に現れる」ことが減って
葛藤が少なくなってくると、
周囲の人、周りの世界も変化してくる。

頭の気が下りると、体の働きが活発になる。
「体の働き」とは、90%以上が無意識的な働き。

今日から3日間、できれば1週間、
きょうやったさまざまなこと
「頸椎2番左右のてあて・頭部活点のてあて、あくび〜おちつく気功」を
続けてほしい。

それは、秋への準備にもなる。
秋は、辛かったことなどを抜いていく、心の整理によい時期。

こんなに暑いけれど、もう秋に入っている。
すっと涼しい風が吹いて、夜になると虫が鳴く。
辛かったことを、ふっと思い出す、
そうして、奥底に眠っていた昔の苦しみが
浮上してきた時が、洗い流すタイミング。

思い出した時に、「おちつく気功」などで
体をすっかり気持ちよくすると、
心の奥の辛さが「体から」抜けてゆく。

*汗の内攻〜秋の準備 

知らずに吸収してしまった添加物、農薬、化学物質などは
汗からしか排出されない。
それが、汗の効用だが、
汗を冷やしてそれが再吸収されると急性の異常が起こりやすい。

「夏バテ」は、ほとんど汗を冷やしたことから起きる。
そうしたときは、太ももの裏がちぢんでいる。

[実習・後頭部真ん中、腿の裏側のてあて]
「後頭部の真ん中」は、いちばん盛り上がったあたりの中央。
「腿の裏側」は、椅子に座って、
足の付け根のほうから順に、手のひらで両足のももの裏側の
固さを、やさしく確認する。固さのあるところにてあて。

夏は呼吸器がよく働く季節だが、
秋は、泌尿器が中心になってくる。

汗をかかなくなるので、腎臓の負担が多くなり
片側の腎臓が疲れると、体がねじれて腰痛が起こる。

[実習・耳をこする〜腎臓のてあて]
腎臓にてあてをし、ゆっくり足の裏から息を吐く。

椅子でゆっくり実習した後、
立って、「肩の荷がおりる気功」をして終わりました。
(純)

2017.06.12

心と体のお掃除 〜6/11京都

静かな落ち着いた雰囲気で、楽しい講座になりました。(純)

2017/6/11 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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身体は、2週間〜1ヶ月先を予測している。
その少し先の季節を感じつつ、月1回進めていく講座。
できたら継続して、1年の流れを感じてもらえると良いと思う。

梅雨は、汗が出にくくなるため、腎臓に負担がかかる季節。
腎臓が疲れやすいと、気分がうつうつとし、不機嫌になる。

同時に、雨で湿気が強く、運動が制限される。
そうして季節的に不機嫌になったり、
小さい子がおしっこを我慢している時のように、
そわそわしたり怒りっぽくなったりする。
こちらが、「そういう時期なんだ」と気づけば良い。

腎臓を元気に、そして体の自発性も育てていこう。

[実習・わき腹、内股、頭頂のてあて〜体を後ろにねじる
心がおちつく やさしい気功」。

脇腹に両手をあてて、脇腹で息をするように。
ねじる時の視線は水平。ねじりやすい方にすこし大きく、ゆっくり無理せずにねじる。

年も半ばに近づいて来た。
神社では、「夏越の祓」といって、この時期に
心にたまった罪ケガレを流してゆく。
「大祓祝詞」は面白くて、たまった罪ケガレを
神々がそれぞれ手渡してゆき、そのうちどこかへ無くしてしまう。

心と身体に分けて考えると、
心の嫌な感じ、悩み苦しみは、
まずそれから心を放して、ぽかーんとしたり、
気持ちよいことに集中すると、嫌なことが寄ってこなくなる。
しっかり悩んで解決策をとるのも大事、そのほうが苦しみつづけるより早い時も。
いつまでも「そのこと」を背負いつづける必要はない。

体の痛み、だるさ苦しさは、
腰痛なら体がねじれないように、痛くならない姿勢をとったり、
打撲で痛いなら、思わずとったそれをかばう姿勢、それが大切。
自分の「治る力」を助けるように、全身でその姿勢に集中したり、
てあてをしたり、
どちらにしても、できるだけ気持ちよくする。

[実習・心の動きにまかせる]
心に浮かんだ諸々をただ流していきながら、背骨からゆっくりゆれる。

普段は、楽なほうへうごくこと。
梅雨で動きにくく湿気のこもりやすい時期だからこそ、
換気や掃除もどんどんする。
活動すると汗も出やすくなる。
一番動きたい動きはひとつ、それが体のおそうじ。
持っていると苦しいものは、手放す。

といった話の後、立って、「肩の荷がおりる気功」をして終わりました。
(純)

2017.05.31

心がおちつく総会

2017.5.28(日)
清々しい初夏らしいお天気に恵まれ
気功協会の総会が開催されました。

集合は北白川の事務所。
ちょうど一週間ほど前に、
理事のよしふみさんが庭木の剪定をしてくれたばかり。
町家の一階は風が抜け、涼しくてほっと落ちつく空間に。

はじめのあいさつや会計の承認などの後
集まったみなさんと「心がおちつくやさしい気功」。
参加者の自己紹介、
会報「気功生活」100号を祝して
これからの気功協会のことなども話し合い、
とても実質的な、実りある場になりました。

そして、すぐ近くの
京都造形芸術大学近辺の散策へ。

大学の正面、大階段を登り、人間館の中を通り、未来館の横手から裏山の道へ。
そして瓜生山へ、さらに比叡山へと続く自然林の山道。

山の上の農場から赤松の林を抜けて、松鱗館の屋上へ。
裏手からは大文字が間近に見えます。

大文字

屋上には野外の能舞台があり、京都が一望できます。

心がおちつくやさしい気功」も、この屋上でビデオ撮影をしました。

日射しが強いので、赤松の林の中で「肩の荷がおりる気功」を。

木もれ日の中、
心地よい風、大地や樹々の気を感じ、良い時間を過ごして下山しました。

瓜生館にオープンした、カフェ・ヴェルディ造形芸大店で休憩する予定でしたが、
残念ながらその日は早めの閉店で、事務所に戻って休憩。

100号までずらっと並んだ「気功生活」を見たり、
岩塩のキャンドルホルダー、オリジナルのCDやDVDを購入したり、
思い思いお話に興じていたり、ゆっくりくつろいでいたりと、
どこか心地よく、とても自然な時間が流れていました。

気功協会らしい、とてもよい総会でした。
みなさん、ありがとうございました。

(あまの)

2017.05.06

初夏の気功・心地よく目覚める 〜5/6中之島

ゆっくり体をなで、のびのびと開く。
息が深く、心が軽くなる一日でした。(純)

2017/5/6 天野泰司
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初夏は、「伸び伸び」。
体が活動的になる季節。
そのタイミングで、少しの手助けがあると
エネルギーが発散され、眠りが深くなる。

生命力の中心は、後頭部・おなか。

[実習・後頭部のてあて・おなかのてあて]

おなかの赤ちゃんには、まず頭をてあてする。
生まれたら、後頭部とおなか。
赤ちゃんには、「気が集まる」こと、
「気の満ちた感じ」が一番大切。
おなかに赤ちゃんがいる時には、物を運ぶようにでなく
いつもそこに、その子がいることを意識して育てる。

私たちも、生命体として、ここにある。
心と体の区別もない、いのちとしての「私」は
気で成り立っている。
「気の充足感」が最も大切。

「欲」には本来の欲と、二次的三次的欲がある。
「仕方ないかな」「私にはちょっと」としたかったことのグレードを落とすことで
本当は何がしたかったのかわかりにくくなり、
眠りが浅くなってしまう。

体の勘に添って、明瞭にしたいことをする。
楽々と、全力で。
そのスイッチを入れる。

そうした、自分でかけたブレーキ、
流れをせき止めるダムを、外すのが不安なこともある。

けれど、自然にはひとつも欠けるところがない。(=円満)
「生命体としての私」にも、完璧な働きが内包されている。

ただ、「楽」を大切に、ありのままに戻る。
そのひとつの方法が、こうしたやさしい気功。

「実習・心がおちつく やさしい気功」。

夏の準備をいまのうちにしておくと、
梅雨の時期、そして夏がスムーズ。
後頭部のてあて、おなかのてあて、
そして「肝心行気」=肝臓と心臓のてあてを続けるとよい。

梅雨の時期は、雨が続いて
「動きたくても動けない」感が起こる。
その時は、「体の内から起こる自発的な動き」に忠実に。

例えば、あくびがしたくなってあくびする、
首を回している時、思わず「こう回したい」という
そうした「思わず」出てくる、自発的な動き。

肩の荷がおりる気功]。

のびのびと、胸を開いて。(純)

2017.02.22

夢を叶える〜1/21中之島

新しい年の手帳やカレンダーを
それぞれが手に、一緒に12ヶ月を追いました。
お話は深く、方法はやさしい。
天野らしい講座になりました。(純)

     2017/1/21  天野泰司
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新しい年の手帳やカレンダーを、開きながら
一瞬「どんな素敵な年になるかな」と思う。

こうしたことは重くなりやすいが、
軽くなるほど叶いやすい。
気楽に、ひと月ずつ
「どんな素敵な月になるかな」
明日は、「どんな素敵な日になるかな」…。
どこまで、軽くできるか。

潜在意識に「素敵な年になった」と入ると、
効力をもってカレンダーや手帳が動き出す。

たとえ目の前に困難な状況があっても、
良いイメージを持っておくことで、
心の中にポトンと嫌なことが落ちても、すーっときれいになる。
心は完全に自由。

願いは叶うのが自然。
「これはできない」
「こうしたら、どうしてもこうなってしまう」
「〜は、こうである」というように、
私たちは、自分で先に決めている。

誰がどこで言っていたのか、もう忘れてしまったようなことが
心の奥底に入り込んでいる。
先入観、先入主といったもの。

それを取り除くのは「どっちでもいいよ」という自由さ。
体の自由な感じが、心の自由さを生む。
体は楽に。心は、ゆらゆら。
「漠然とした気持ち良さ」、「今」を味わう。

心がおちつく やさしい気功」。

[実習・化膿活点のてあて]

肩の荷がおりる気功]。

「肩の荷」とは、先入観、先入主。
手放そうとして手放すのは難しい。
こうして、気軽に、手放す。
掃除をしたり、引き出しを整理したりするのも良い。
体と心を同時に、気軽に捨ててゆくのが大事。
そうすると、心の中に溜まっていたものが自然になくなる。

日本にはそうした習慣が古くからあって、
お正月にはすべてのものが新しく、あらたまる。

[実習・新年に願いを書く]

「〜なりました」と過去形で。ナチュラルに言えることが大事。
自分のことを書く。

2016.12.21

『はじめての気功』出版記念vol.2 〜東京

50名近いご参加で、会場はいっぱい。
キャンセル待ちの方を1週間前に全員お入れしましたが、
1ヶ月以上前に満席になってしまい、あきらめた方も多かったかも。

天野の著書も、たくさんお求めいただき
ありがとうございました。

ながめのよい新しい教室で、しみじみと心あたたまる
師走のひと時になりました。

中之島とはまったく違った内容なのも、興味深いところ。
合わせてごらんいただいて、また次回は
関東の方も、京都大阪にぜひいらしてくださいね。(純)

2016/12/17 天野泰司 於:朝日カルチャー新宿

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手放す〜生と死

努力することで、「本来の自然」から遠ざかることがある。

「美しさを追求する」のが、人にとっての自然。
生活の中に、思いの中に、美しさがあるかどうか。
それがひとつの重要な尺度になる。

私たちは、自然の中に生きている。
生きていること。そして死ぬこと、どちらも自然。
同じくらい大切な事実。
リミットがあることで生が輝いてくる。
フタをしたり、考えない、ということをなるべくしない。
死を意識することで、生が輝く。

自然の中には美しさがある。
人が生まれる時、お産にも、死にも美しさがある。

亡くなる4日前に、禁点という場所に固まりができ
体が「生きていこう」とするすべての努力をやめる。
症状は、よくなろうという働きなので、症状も
ぱたりとおだやかになる。
なので、4日前になったら、全部を手放すことができる。
財産も、恥も、羞恥心ももういらない。

毎夜、眠るとき私たちはいったん死んでいる。
死が楽しみであると気づくと、今が貴重である感覚が生まれる。

体のレベルで「手放す」大切さ。
毎日、15分から20分、「心がおちつく やさしい気功」をして
自然に戻る習慣を。
努力を手放して、体の気持ちよさにまかせる時を持つ。

例えば散歩でも、どんなことでもよいが、
「考える」ことから離れると、違うチャンネルができてくる。
考えることで制限、制御することが多く、
やりすぎると反動が起こり、自然にコントロールすることが難しくなる。

洪水のためにと堤防を築いて氾濫が起こるように、
自然に流れているものを、制御しようとして
難しくしている面がある。

一日のうちで、そうした時間を少し作ることで
「考え」とは別のところに生きている「私」が
実感できる。

心地よさに添って

気持ちいい姿勢。気持ちいい心の持ち方。
心地よさに添って動いていく。
その範囲でやっていく。

今の幸せを味わうことで、幸せへの感度が上がり
将来の幸せにつながる。
幸せを味わう力をつけることで、「幸せの連鎖」が起こり
周りの人も幸せになる。

一人で気持ちよさを味わうより、集まったほうがより大きくなる。
幸せを共有し、高め合うことが
こうしたレッスンの、一番大切な意味。

「ちょうどよく、力を出し切る」ことが全力。
清々しく気持ちよい状態、
「おちつく気功」でいえば、「しなやかに動く」動作。
自分の能力が引き出されるように、持っている全てを使っていく。
出し惜しみをしない。
がんばることをしない。
今の社会的状況に縛られない。

世の中が悪いのではなく、自ら全力を出さないようにしている何かがある。
みんなが、「自分が気持ちよいようにする」ことで社会が変わる。
社会変革は、自分の内からしか起こらない。

楽に、ぱっと動いていく習慣をつける。

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功

自分が動きやすいように、
無理に広げようとするのでなく、自然に広がるのがいい。
自分自身のことが大事。
身の回りのこと、「自分ができる範囲で」が大切。
そうして、気持ちよさを広げていく。

嫌なことがあったら、「嫌だ」と感じていい。
けれど、それを体の嫌な感じとして残さない。
流していく。

「出来事を正確に認識する」ことと、「体に嫌な感じを残さない」こと。
この2つは大きな力になる。
「罪ケガレを祓い流す」のは日本の習慣。
気持ちよくなって、寝ること。
日々の掃除と同じ。

 *『はじめての気功』参照 (純)

2016.12.21

心と身体の大掃除 〜12/11京都

ゆすって、たたいて、スッキリさっぱり。足取り軽く終わりました。(純)

2016/12/11 天野泰司

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心の大掃除

不安や恐怖が心に残り、それが大きくなりやすいのは
本能的なもの。
身を守るために、人の心は危険に対してより反応するが
小さな危険ならば、それを気楽に思い出して
その都度、体をゆるめるのがよい。

[実習・体をゆらしながら一年を振り返る〜
心がおちつく やさしい気功

全身を気で洗い流し、感謝し、ねぎらう。

大掃除も同じ感覚で。
ふだん掃除をしていない処を、ひとつひとつ点検しながら
きれいに洗い流し、ふきとって
感謝を伝える。

ここ100年ほどの便利な暮らしで、
感謝の気持ちが薄れてきている。

ひとつひとつ、感謝の気持ちを表すことで
心の葛藤が無くなって
体の物理的な疲れだけが残る。

葛藤は「当然、そうなる」と思っていることが
そうならないことから生まれる。

生きているだけで奇跡。それ以外は小さいこと。
私たちは、縁、さまざまな人のお世話に依って途切れずに存在する。

年末は「大感謝大会」、「謝恩セール」。
お金を儲けるためではなくて、本来の「商売」、
感謝の連鎖で経済が成り立つことを取り戻す時代。
家の中も、心の中も、それが心の大掃除につながる。

体の大掃除

コロコロ変わるのが心、つなぎとめられているのは本来ではない。
子どもの心、赤ちゃんの心はみんなの中にある。

私たちは記憶につなぎ止められやすい。
経験から、何かを予測し、自分で世界を作り上げてしまう。
予測したことが実現すると決め、同じ気持ちにまた戻る。

無心な状態に戻ってゆく。
入り口は、「ぽかんとする」こと。

頭はポカン、体はスッキリ。
そうすると、心が自由に流れ、動き、
体は、「あるべきものがあるべきところに、
あるべきようにある」=自然な状態になる。

日々、ちがう。その都度、違う。
体も日々ちがい、心もその都度違う。
流していくことが大事。

うごいて、体の大掃除を。
[実習・立って動く〜ゆする・たたく]

(純)

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