気功のひろば

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2017.06.12

心と体のお掃除 〜6/11京都

静かな落ち着いた雰囲気で、楽しい講座になりました。(純)

2017/6/11 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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身体は、2週間〜1ヶ月先を予測している。
その少し先の季節を感じつつ、月1回進めていく講座。
できたら継続して、1年の流れを感じてもらえると良いと思う。

梅雨は、汗が出にくくなるため、腎臓に負担がかかる季節。
腎臓が疲れやすいと、気分がうつうつとし、不機嫌になる。

同時に、雨で湿気が強く、運動が制限される。
そうして季節的に不機嫌になったり、
小さい子がおしっこを我慢している時のように、
そわそわしたり怒りっぽくなったりする。
こちらが、「そういう時期なんだ」と気づけば良い。

腎臓を元気に、そして体の自発性も育てていこう。

[実習・わき腹、内股、頭頂のてあて〜体を後ろにねじる
心がおちつく やさしい気功」。

脇腹に両手をあてて、脇腹で息をするように。
ねじる時の視線は水平。ねじりやすい方にすこし大きく、ゆっくり無理せずにねじる。

年も半ばに近づいて来た。
神社では、「夏越の祓」といって、この時期に
心にたまった罪ケガレを流してゆく。
「大祓祝詞」は面白くて、たまった罪ケガレを
神々がそれぞれ手渡してゆき、そのうちどこかへ無くしてしまう。

心と身体に分けて考えると、
心の嫌な感じ、悩み苦しみは、
まずそれから心を放して、ぽかーんとしたり、
気持ちよいことに集中すると、嫌なことが寄ってこなくなる。
しっかり悩んで解決策をとるのも大事、そのほうが苦しみつづけるより早い時も。
いつまでも「そのこと」を背負いつづける必要はない。

体の痛み、だるさ苦しさは、
腰痛なら体がねじれないように、痛くならない姿勢をとったり、
打撲で痛いなら、思わずとったそれをかばう姿勢、それが大切。
自分の「治る力」を助けるように、全身でその姿勢に集中したり、
てあてをしたり、
どちらにしても、できるだけ気持ちよくする。

[実習・心の動きにまかせる]
心に浮かんだ諸々をただ流していきながら、背骨からゆっくりゆれる。

普段は、楽なほうへうごくこと。
梅雨で動きにくく湿気のこもりやすい時期だからこそ、
換気や掃除もどんどんする。
活動すると汗も出やすくなる。
一番動きたい動きはひとつ、それが体のおそうじ。
持っていると苦しいものは、手放す。

といった話の後、立って、「肩の荷がおりる気功」をして終わりました。
(純)

2017.05.31

心がおちつく総会

2017.5.28(日)
清々しい初夏らしいお天気に恵まれ
気功協会の総会が開催されました。

集合は北白川の事務所。
ちょうど一週間ほど前に、
理事のよしふみさんが庭木の剪定をしてくれたばかり。
町家の一階は風が抜け、涼しくてほっと落ちつく空間に。

はじめのあいさつや会計の承認などの後
集まったみなさんと「心がおちつくやさしい気功」。
参加者の自己紹介、
会報「気功生活」100号を祝して
これからの気功協会のことなども話し合い、
とても実質的な、実りある場になりました。

そして、すぐ近くの
京都造形芸術大学近辺の散策へ。

大学の正面、大階段を登り、人間館の中を通り、未来館の横手から裏山の道へ。
そして瓜生山へ、さらに比叡山へと続く自然林の山道。

山の上の農場から赤松の林を抜けて、松鱗館の屋上へ。
裏手からは大文字が間近に見えます。

大文字

屋上には野外の能舞台があり、京都が一望できます。

心がおちつくやさしい気功」も、この屋上でビデオ撮影をしました。

日射しが強いので、赤松の林の中で「肩の荷がおりる気功」を。

木もれ日の中、
心地よい風、大地や樹々の気を感じ、良い時間を過ごして下山しました。

瓜生館にオープンした、カフェ・ヴェルディ造形芸大店で休憩する予定でしたが、
残念ながらその日は早めの閉店で、事務所に戻って休憩。

100号までずらっと並んだ「気功生活」を見たり、
岩塩のキャンドルホルダー、オリジナルのCDやDVDを購入したり、
思い思いお話に興じていたり、ゆっくりくつろいでいたりと、
どこか心地よく、とても自然な時間が流れていました。

気功協会らしい、とてもよい総会でした。
みなさん、ありがとうございました。

(あまの)

2017.05.06

初夏の気功・心地よく目覚める 〜5/6中之島

ゆっくり体をなで、のびのびと開く。
息が深く、心が軽くなる一日でした。(純)

2017/5/6 天野泰司
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初夏は、「伸び伸び」。
体が活動的になる季節。
そのタイミングで、少しの手助けがあると
エネルギーが発散され、眠りが深くなる。

生命力の中心は、後頭部・おなか。

[実習・後頭部のてあて・おなかのてあて]

おなかの赤ちゃんには、まず頭をてあてする。
生まれたら、後頭部とおなか。
赤ちゃんには、「気が集まる」こと、
「気の満ちた感じ」が一番大切。
おなかに赤ちゃんがいる時には、物を運ぶようにでなく
いつもそこに、その子がいることを意識して育てる。

私たちも、生命体として、ここにある。
心と体の区別もない、いのちとしての「私」は
気で成り立っている。
「気の充足感」が最も大切。

「欲」には本来の欲と、二次的三次的欲がある。
「仕方ないかな」「私にはちょっと」としたかったことのグレードを落とすことで
本当は何がしたかったのかわかりにくくなり、
眠りが浅くなってしまう。

体の勘に添って、明瞭にしたいことをする。
楽々と、全力で。
そのスイッチを入れる。

そうした、自分でかけたブレーキ、
流れをせき止めるダムを、外すのが不安なこともある。

けれど、自然にはひとつも欠けるところがない。(=円満)
「生命体としての私」にも、完璧な働きが内包されている。

ただ、「楽」を大切に、ありのままに戻る。
そのひとつの方法が、こうしたやさしい気功。

「実習・心がおちつく やさしい気功」。

夏の準備をいまのうちにしておくと、
梅雨の時期、そして夏がスムーズ。
後頭部のてあて、おなかのてあて、
そして「肝心行気」=肝臓と心臓のてあてを続けるとよい。

梅雨の時期は、雨が続いて
「動きたくても動けない」感が起こる。
その時は、「体の内から起こる自発的な動き」に忠実に。

例えば、あくびがしたくなってあくびする、
首を回している時、思わず「こう回したい」という
そうした「思わず」出てくる、自発的な動き。

肩の荷がおりる気功]。

のびのびと、胸を開いて。(純)

2017.02.22

夢を叶える〜1/21中之島

新しい年の手帳やカレンダーを
それぞれが手に、一緒に12ヶ月を追いました。
お話は深く、方法はやさしい。
天野らしい講座になりました。(純)

     2017/1/21  天野泰司
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新しい年の手帳やカレンダーを、開きながら
一瞬「どんな素敵な年になるかな」と思う。

こうしたことは重くなりやすいが、
軽くなるほど叶いやすい。
気楽に、ひと月ずつ
「どんな素敵な月になるかな」
明日は、「どんな素敵な日になるかな」…。
どこまで、軽くできるか。

潜在意識に「素敵な年になった」と入ると、
効力をもってカレンダーや手帳が動き出す。

たとえ目の前に困難な状況があっても、
良いイメージを持っておくことで、
心の中にポトンと嫌なことが落ちても、すーっときれいになる。
心は完全に自由。

願いは叶うのが自然。
「これはできない」
「こうしたら、どうしてもこうなってしまう」
「〜は、こうである」というように、
私たちは、自分で先に決めている。

誰がどこで言っていたのか、もう忘れてしまったようなことが
心の奥底に入り込んでいる。
先入観、先入主といったもの。

それを取り除くのは「どっちでもいいよ」という自由さ。
体の自由な感じが、心の自由さを生む。
体は楽に。心は、ゆらゆら。
「漠然とした気持ち良さ」、「今」を味わう。

心がおちつく やさしい気功」。

[実習・化膿活点のてあて]

肩の荷がおりる気功]。

「肩の荷」とは、先入観、先入主。
手放そうとして手放すのは難しい。
こうして、気軽に、手放す。
掃除をしたり、引き出しを整理したりするのも良い。
体と心を同時に、気軽に捨ててゆくのが大事。
そうすると、心の中に溜まっていたものが自然になくなる。

日本にはそうした習慣が古くからあって、
お正月にはすべてのものが新しく、あらたまる。

[実習・新年に願いを書く]

「〜なりました」と過去形で。ナチュラルに言えることが大事。
自分のことを書く。

2016.12.21

『はじめての気功』出版記念vol.2 〜東京

50名近いご参加で、会場はいっぱい。
キャンセル待ちの方を1週間前に全員お入れしましたが、
1ヶ月以上前に満席になってしまい、あきらめた方も多かったかも。

天野の著書も、たくさんお求めいただき
ありがとうございました。

ながめのよい新しい教室で、しみじみと心あたたまる
師走のひと時になりました。

中之島とはまったく違った内容なのも、興味深いところ。
合わせてごらんいただいて、また次回は
関東の方も、京都大阪にぜひいらしてくださいね。(純)

2016/12/17 天野泰司 於:朝日カルチャー新宿

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手放す〜生と死

努力することで、「本来の自然」から遠ざかることがある。

「美しさを追求する」のが、人にとっての自然。
生活の中に、思いの中に、美しさがあるかどうか。
それがひとつの重要な尺度になる。

私たちは、自然の中に生きている。
生きていること。そして死ぬこと、どちらも自然。
同じくらい大切な事実。
リミットがあることで生が輝いてくる。
フタをしたり、考えない、ということをなるべくしない。
死を意識することで、生が輝く。

自然の中には美しさがある。
人が生まれる時、お産にも、死にも美しさがある。

亡くなる4日前に、禁点という場所に固まりができ
体が「生きていこう」とするすべての努力をやめる。
症状は、よくなろうという働きなので、症状も
ぱたりとおだやかになる。
なので、4日前になったら、全部を手放すことができる。
財産も、恥も、羞恥心ももういらない。

毎夜、眠るとき私たちはいったん死んでいる。
死が楽しみであると気づくと、今が貴重である感覚が生まれる。

体のレベルで「手放す」大切さ。
毎日、15分から20分、「心がおちつく やさしい気功」をして
自然に戻る習慣を。
努力を手放して、体の気持ちよさにまかせる時を持つ。

例えば散歩でも、どんなことでもよいが、
「考える」ことから離れると、違うチャンネルができてくる。
考えることで制限、制御することが多く、
やりすぎると反動が起こり、自然にコントロールすることが難しくなる。

洪水のためにと堤防を築いて氾濫が起こるように、
自然に流れているものを、制御しようとして
難しくしている面がある。

一日のうちで、そうした時間を少し作ることで
「考え」とは別のところに生きている「私」が
実感できる。

心地よさに添って

気持ちいい姿勢。気持ちいい心の持ち方。
心地よさに添って動いていく。
その範囲でやっていく。

今の幸せを味わうことで、幸せへの感度が上がり
将来の幸せにつながる。
幸せを味わう力をつけることで、「幸せの連鎖」が起こり
周りの人も幸せになる。

一人で気持ちよさを味わうより、集まったほうがより大きくなる。
幸せを共有し、高め合うことが
こうしたレッスンの、一番大切な意味。

「ちょうどよく、力を出し切る」ことが全力。
清々しく気持ちよい状態、
「おちつく気功」でいえば、「しなやかに動く」動作。
自分の能力が引き出されるように、持っている全てを使っていく。
出し惜しみをしない。
がんばることをしない。
今の社会的状況に縛られない。

世の中が悪いのではなく、自ら全力を出さないようにしている何かがある。
みんなが、「自分が気持ちよいようにする」ことで社会が変わる。
社会変革は、自分の内からしか起こらない。

楽に、ぱっと動いていく習慣をつける。

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功

自分が動きやすいように、
無理に広げようとするのでなく、自然に広がるのがいい。
自分自身のことが大事。
身の回りのこと、「自分ができる範囲で」が大切。
そうして、気持ちよさを広げていく。

嫌なことがあったら、「嫌だ」と感じていい。
けれど、それを体の嫌な感じとして残さない。
流していく。

「出来事を正確に認識する」ことと、「体に嫌な感じを残さない」こと。
この2つは大きな力になる。
「罪ケガレを祓い流す」のは日本の習慣。
気持ちよくなって、寝ること。
日々の掃除と同じ。

 *『はじめての気功』参照 (純)

2016.12.21

心と身体の大掃除 〜12/11京都

ゆすって、たたいて、スッキリさっぱり。足取り軽く終わりました。(純)

2016/12/11 天野泰司

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心の大掃除

不安や恐怖が心に残り、それが大きくなりやすいのは
本能的なもの。
身を守るために、人の心は危険に対してより反応するが
小さな危険ならば、それを気楽に思い出して
その都度、体をゆるめるのがよい。

[実習・体をゆらしながら一年を振り返る〜
心がおちつく やさしい気功

全身を気で洗い流し、感謝し、ねぎらう。

大掃除も同じ感覚で。
ふだん掃除をしていない処を、ひとつひとつ点検しながら
きれいに洗い流し、ふきとって
感謝を伝える。

ここ100年ほどの便利な暮らしで、
感謝の気持ちが薄れてきている。

ひとつひとつ、感謝の気持ちを表すことで
心の葛藤が無くなって
体の物理的な疲れだけが残る。

葛藤は「当然、そうなる」と思っていることが
そうならないことから生まれる。

生きているだけで奇跡。それ以外は小さいこと。
私たちは、縁、さまざまな人のお世話に依って途切れずに存在する。

年末は「大感謝大会」、「謝恩セール」。
お金を儲けるためではなくて、本来の「商売」、
感謝の連鎖で経済が成り立つことを取り戻す時代。
家の中も、心の中も、それが心の大掃除につながる。

体の大掃除

コロコロ変わるのが心、つなぎとめられているのは本来ではない。
子どもの心、赤ちゃんの心はみんなの中にある。

私たちは記憶につなぎ止められやすい。
経験から、何かを予測し、自分で世界を作り上げてしまう。
予測したことが実現すると決め、同じ気持ちにまた戻る。

無心な状態に戻ってゆく。
入り口は、「ぽかんとする」こと。

頭はポカン、体はスッキリ。
そうすると、心が自由に流れ、動き、
体は、「あるべきものがあるべきところに、
あるべきようにある」=自然な状態になる。

日々、ちがう。その都度、違う。
体も日々ちがい、心もその都度違う。
流していくことが大事。

うごいて、体の大掃除を。
[実習・立って動く〜ゆする・たたく]

(純)

2016.12.03

禅密 萬福寺合宿

11/26-27、京都・宇治の萬福寺、
青少年研修道場に宿泊して
禅密功を中心にした、合宿を開きました。

お泊まりは30名、1日目だけの方が5名。
萬福寺総門前に集合。

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放生池前で気功。
左右対象、中心線の通った中国式のお寺。
その中心線上にあるお庭、
日当りのよさもあいまって、
何ともいえない心地よさでした。

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終えると、目の前の木に見たことのない小鳥が。
すぐそばに何羽も、逃げることもなく集ってくれて、
場が喜んでくれたようで感動。

門前には龍穴である井戸、
門を入ると並べられている石が龍の背中。
たどりながら、開山堂へ。

日本に、多くのものを伝えた
隠元禅師にご挨拶。

3年のお約束で来日してくださったのを、その徳に
中国にいらしたときと同じ形式で萬福寺を建て、
みながひきとめたといいます。

最初に来たときは、「中国のお寺みたい」と懐かしい気持ちになりました。
建物のみならず、お経や修行、食のありかたなどが、
当時のままこの地に保存されていることは
たいへん貴重だと感じます。

入り口の布袋さん(弥勒菩薩)は、
中国式に、笑っています。
禅密功の入り口は「笑い」。
劉漢文先生には「禅密をする人は笑っている」「まず、笑いの門を入る」と
教わりました。

教室でもときどき、丸くなってみなで笑ったりしますが
このたびは、おおきなおなか、満面の笑顔の
弥勒さんの前で笑い出す天野。
みなさんも続いて笑い始めると、大きく天蓋がゆれ
お堂までゆれるかのようでした。

笑いの門を入った私たち。
300畳の正座道場をお借りして、1コマめの講座。

禅密瞑想。最後に、丹羽さんが天河の鈴をふって唄ってくださいました。
いつも美しい日本語が降ってくるものが、初めて出てくる中国語にびっくり。

外と一転して冷えるので、動物を真似る古い気功「五禽戯」や
声を出したり、動いて内からあたためることも多々。
かなりの冷気に翌日はこの場を断念、
空調のある部屋に変えていただきました。

終えて、楽しみだった普茶料理。

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次々に出てきます。かやくごはんが嬉しい。

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片付けも作務、みなで行うのがまた楽しい。

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隠元さんは、日本へ煎茶を、
絵画では南画(=水墨画)を、仏具では木魚、そして
インゲン豆、蓮根、孟宗竹、西瓜等も持ってこられたと言われます。

お茶のご縁で、今回は住職手作りのおいしい普茶料理のあと
好日居・晴美さんが中国茶を淹れてくださいました。
禅寺でのさまざまな決まりと簡素な宿舎、寒さの中で
ほっとしたゆとりの時間となりました。

雲南省の、何百年という古樹のプーアール。
何煎でも出ています。
宇治の茶だんごを、ひとりひと玉かふた玉づつ。

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お風呂のあと、夜の講座。穴追いを中心に、体をゆるめ
9時消灯、4時起床、これは気功協会始まって以来では。

4時45分、暗い中本堂へ。楽しみにしていた中国式のおつとめに参加。
いつもは開いていない、桃の絵の書かれた扉が
がたがた! ばたん! と開かれて
僧が入ってこられます。

「ナムカラタンノー」はわかりましたが、あとはわからない。
音程がかなり大きく動き、一緒に歌えそうなお経。
日本のお寺だと、おつとめは畳か板の間に座っていることが多いのですが
30分の立ち見もまた初めて。
5時半、僧たちが走ってお堂を出ていかれます。
風のよう。

座禅に入られるとのことで、私たちも
特別に許可を得て、裏庭ですこし座らせていただきました。
黙の時間。
素晴らしい空間。

真っ暗なのが、少しずつ、少しずつ明るくなってきます。
このかんだけ、雨が止んでいたこともありがたかった。

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朝食はお粥。あたたかく、ありがたい。

もう一度、晴美さんがお茶を淹れてくださいます。
なんと、たま木亭のシュトーレンつきで、古樹の紅茶。

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宿泊した部屋の掃除。自分で掃除することは、
ほんとうに心地よいものです。
今から使う和室も箒かけ、トイレの紙を補充。

宿泊室を出て、小さめの広間で講座3。
朝が早く、冷えているだろうので、空調のある部屋に変えていただいて正解。
体がほどよくゆるみ、きもちよく合宿を終えることができました。

パン屋たま木亭に向かうみなさんと一緒に歩いていると、
北白川事務所近くの、京大北部構内で
よく見かける、大好きなメタセコイヤの木や
樹々たちが、ひろびろとした庭に。
あ、なんて気持ちいい。

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ガラスばりのレストランが見えてきました。
「私、ここで先に休むね!」
京大の宇治キャンパス、
本部近くにある古い洋食屋、「まどい」の支店だったのでした。

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好きなものをとって食べられるバイキング形式、
何度でもいれられる紅茶、
ガラス張りのきれいな室内と、安定した気温に
ほっとして、たま木亭に並んでいるみんなに
ガラス越しに手をふると
あとでみんな、食べにきてくれて
10数人で、ゆっくり食事もでき
気持ちよく、合宿を終えることができました。

得るもののとても大きい合宿でした。
みなさん、ほんとうにありがとうございました。(純)

2016.10.21

『はじめての気功』出版記念vol.1 〜大阪

冷えたら温める。乾いたら水をのむ。
悩んだら体をゆるめる。

朝日カルチャーセンター中之島で、『はじめての気功』出版記念として
ご本の中から心の面を中心に、ということで
「秋の気功」が開かれました。
「出版記念」というものは、何とはなしに晴れやかで良いものですね。
お話は、体→頭→心、とすすみ、あっという間に時間いっぱい。
2回に分けたらよかったかしら。
本の情報量というものは多いものだな、と改めて感じさせられました。

天野の著書も全種類持っていきましたが、
たくさんお求めいただき足りなくなりました。
ありがとうございました。

次回の出版記念は、12/17の新宿になります。
では、中之島、まずは体・頭の前半部分から。(純)

2016/10/15 天野泰司

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秋の体

秋になって気温が下がってくると、だんだん体がひきしまってくる。
骨盤が引き締まってくる時、左右の状態が整わないと
冷え、泌尿器系、神経系などに影響が出てくる。
頭が引き締まってくる時、首や肩のコリが出てくることがある。
頭を使うのはヒトの特徴、
考え方が切り替わることで、楽に、幸せに生きられるようになる。
頭をていねいに扱っていく必要がある。

1.乾く
秋の特徴に、「乾く」ことがある。
乾いたら水を飲む。

暖房が入り、乾燥してくるこの季節。
目がシワシワしたり、鼻・口の周り、指先や爪の際が乾いたり
むくんできたら、水分不足のサイン。
足りないなら、水を飲む。「チビチビ」おいしく飲む。
多く飲み過ぎると体はそれを捨ててしまう。それよりも、
水を欲しているタイミングに。
風呂上がり、朝、暖房の部屋に長くいる時、運動した後など。
おいしく感じる水を飲めば良い。
冷たい水に抵抗があれば、白湯にしてもよいが、水のほうがよい。
ペットボトルに半分くらい水をいれて凍らせておき、
水を足して持ち歩くと、だいたい1日おいしい水が飲める。
こうして天気がよい秋の日に水を飲み始め、
春のお彼岸の頃まで。
それが冬の潤いを生む。
頭痛、神経痛、関節痛なども水不足からきていることが多い。

2.あたためる
冷えたら温める。
気温が下がると体は引き締まり、上がるとゆるむ。
ひきしまりとゆるみを繰り返しながら、冬に向かって体は引き締まってゆく。
たとえば出産の時。収縮が起きて、骨盤がひらいてはゆるみ、それを繰り返して
段々開き、出産の時に最も開き、するっと生まれてくる。
気持ちよく引き締まり、ゆるむのがよい。

お風呂が効果的。全身浴より部分浴、今はとくに足湯がよい。

くるぶしがかくれるラインまでのちょっと熱めのお湯、
両足が6分、比べて足の白い方をあと2分。
そうすることで両足がそろい、左右の骨盤がそろう。
大きく骨盤が変わる。

個人差はもちろんあるが、
女性は骨盤が6とすると頭が4、
男性は骨盤が2、頭が8くらいの割合で、全体が成り立っている。
なので特に女性は、骨盤が整うとさまざまな不調が解決することが多い。

「耐える」ことをやりすぎない。
耐えることで、一時的には、自らを守る。
けれどもその状態が終わっても耐え続けていると、心身が鈍り、
生命力が衰える方向へ向かってしまう。それは死ぬ方向。
生きる方向というのは、物事をより繊細に感じ、感覚を開いていく方向。
人は死ぬ4日前まで、より良く、元気に、気持ちよく、活発にという
働きが続く。体の勢いがある。
それ以降になって初めて、静かに安静になって、人生を閉じていく。
だから身体を信頼し、任せていく習慣を積み重ねて
身体に素直に従っていこう。

3.風邪
体が季節によって変化していく時、積み残した部分が出てくる。
そこを調整するために、風邪を引く。
例えば秋になって、汗が出なくなり、腎臓の働きが追いつかない。
そうするとのどがはれる風邪をひいて、腎臓を元気にしていく。
熱が出る風邪は、「あたためると体がゆるむ」ことを自力でやっていく。

風邪のときは普段よりもっと気持ちよく、妥協せず快適に。
そして水を飲むこと。吸収されやすい。
風邪は、体の改革のタイミング。
ぜひ、風邪をひいてください。ここ1週間くらいが良いです。

秋の頭

無心になる、というと大げさな気がするが、
頭が「ぽかん」とした状態で、骨盤の動きがより明瞭になってくる。
「ぽかんとして体にまかせる」体験が重要。

[実習・心がおちつく やさしい気功

この気功は、東日本大震災の後すぐに作ったものだが
誰でもできて、自然な変化が起こりやすい。

自ら気持ちのいいところへ、近づいていく。
自ら辛いところから、離れていく。
その体験を、「心がおちつく やさしい気功」で積み重ねていこう。

秋の心

心と体は、同時進行。
誰かに話を聞いてもらったら、「体が」楽になっている。
苦しみ、痛み、辛さを感じているのは体。
出来事に反応して、体が緊張を作り、苦しみを作り出す。

誰かに甘えたい。こちらを向いて欲しい。
病気であれば見てもらえる。やさしくしてもらいたい。
例えばそんな時、「心の痛みを長引かせよう」という無意識の思いが
体の中に毒を作り、免疫を効かなくさせて
辛い状況が続けられるようにする。
その連鎖を断ち切るには、「心の持ち方が変わる」
「体の違和感を取り除く」両方の手段がある。

特に、「体の違和感を取り除く」と、楽になり、
不安が生じにくい体の状態になる。
そうすると、嫌なことが起こりにくくなる。

仮病は使ってもいい。どうしても行きたくない時、それは便利。
けれど仮病であることを意識し、それを認めると
病気を不必要に長引かせたり、不要な仮病を使わなくて済む。

「冷えたら温める」ように、
悩み・苦しみが生じるたびに、体の違和感を抜いていく。

その都度、体の方から調整することで、心のキャパシティが広がる。
「自分でする」ことに意味がある。
悩んでも、嫌でも、全部ok。体を通じて解消できる。
そうして、心がしなやかになってゆく。

5つの分類
1.悩む ・・首・頭をゆるめる
 首がやわらかいと、悩まない。目を使いすぎると悩む。
 スマホの普及で、全世界が悩む体勢をとるようになっている。
2.嫌だ ・・お腹
 笑うことがいちばん。食べたり、おしゃべりしたり。
3.コンチクショウ ・・腰をゆるめる
4.苦しい、言うに言えない ・・胸をゆるめる
5.ゆるせない ・・骨盤をゆるめる
 *『はじめての気功』p.135 「心を休める」参照

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功から]

(純)

2016.10.19

その通りに認める 〜10/9京都

「ゆるむ→感じる→自然に動く」、『気功入門』で先ず述べられるサイクル。
秋と、その関係からお話がはじまりました。(純)

2016/10/9 天野泰司

・・・・・・・・・・

ゆるみの中に、集中感。集中のなかにゆるみがある感覚。
そうした時に、感覚が働きやすい。

例えば、将棋をさしている時。
リオ・オリンピックのバトミントン女子ダブルス、最後の逆転

秋は、そうした状態を作りやすい。
春は骨盤が開いていくので、心の開いていく幸せ感。
秋は、気温が下がって骨盤がひきしまり、独特の集中感が出てくる。

その時に頭がゆるんでいると、リラックスが深くしかも集中した
感覚の豊かな感じが生まれやすい。
「ゆるむ→感じる→自然に動く」、のサイクルが起こる。

感覚が働きだし、自然に動きが起こったら
大切なのは、「その通りに認める」こと。
そうすると、不要な不安がなくなり、能力を伸ばす方向へ
潜在意識が働く。

認めた通りのことが起こる。
そうして、身の周りの世界ができあがる。
「この子はのろくて」と認めると、のろくなる。
ただ、今ゆっくりしたいだけかもしれない。
いいかげんに見て、それを認めると、次々にその通りのことが起こる。
そして、「その通りになっているんだな」と
気づくだけでフィードバックが起こる。
思考が整理され、不必要な認め方が少なくなってゆく。

例えば、「これはこうなんだ」→「今、〜をしている」
「寝坊をしている」→「今、寝ている」といったように。

正確に見ていくことが大切。
状況をそのままに見る、感じることで、ゆるみが深まる。
感じようとする心には、体からの主体性が働く。
「ゆるむ→感じる→自然に動く」の連鎖が起こると、
より大きなゆるみが起こり、より感覚が高まる。
結果、健康度が高まる。

そうした、「全面的な集中感」には必ず気持ちよさがある。
それを味わい、最高の気持ちよさを感じる方向を選ぶと
心身ともに全力が発揮される。

[実習・心がおちつく やさしい気功

一点に集中する気持ちよさと、
全体的な気持ちよさは交互に表れる。
全体的な気持ちよさは、漠然としやすい。そこで、一点に集中することも必要。
そうするとまた、全体的な気持ちよさを感じ取りやすい。

一点は全体を宿し、全体は一点に現れている。

たとえば腎臓。
秋は、汗をかかなくなるので、腎臓に負担がかかる。
腎臓は2つあり、そうした臓器は片方をよく使う傾向にある。
そうすると、腰の片側が張り、腰のねじれが生じて、
腰痛が起こる。

なので秋は、腰を強くしていく好機。
腰が決まらないと、あれこれ言うことが変わり、優柔不断になる。性格ではない。
腰や、後頭部に気をあつめることで、ねじれが少なくなり
決断できる体になる。

[実習・腰椎3番・腰部活点、わきばら、腎臓のてあて、
体をねじる、足の裏をゆっくりなでる〜足裏のてあて]

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功

(純)

2016.09.14

心を楽に 〜9/11京都

両目で見る、両耳で聞く。
苦しみからのがれようとするのでなく、自然の流れにまかせる。
秋の入り口。
おだやかなよい講座になりました。(純)

2016/9/11 天野泰司

・・・・・・・・・・

秋の入り口は、「ほっとする」感じ。
変わり目はスタートポイント、
スムーズに過ごせると、後が順調。

感覚が細かくなってくる秋。
心をこめて、物事をていねいに。
そうすることで、順調な流れに。

私たちには使っていない感覚が多くある。
例えば、物事を見ている時も、偏ってみている。
見ている人の偏見が、物事を作り上げていることも多々ある。

それはある意味自然なことなのだが、
出来る範囲で、偏り具合が大きくならないように。
全体を見ていこうとする利点も大きい。
はっきりと、その人の本質をみるように心がけると
見た通りのものが浮き立ってくる。

特に、いつも会うような人。家族、上司、部下など、
「この人はこうした人」という思い込みが、
相手をその通りに動かしてしまう。

両目で見る。
両耳で聞く。

力を入れるのではなくて、充分なゆるみがある時に
ふっと両方が意識できる感じ。

自分の体が変わると、周囲の人の状態も変わってくる。

[実習・心がおちつく やさしい気功
〜両目で見る〜心の動きにまかせる]

ゆるんだ後、遠くの山を、両目で見てみる。対象物は変わってよい。
文字や人の顔などは意識が入りやすいので、最初は風景などからがやりやすい。

「心が楽にならない」のは、自分でそれを選んでいるから。
例えば南へ流れている鴨川を、
北へ流したり、横に曲げたりすることは難しい。
自然に流れているものを、意図的に操作して苦しむ。
自分で自分の心を乱しているのが、苦しみの原因。

のがれようとするのでなく、自然の流れにまかせる。

自らの体を通して
言葉が発達する以前の心、意識以前の心に入ってゆくことで
意識的な心に翻弄されずにすむ。
心をコントロールしようとしなくなる。

心と体は、密接に関わっている。

はじめての気功』にも書いた、「5つの心」の分類。
1.悩む・・頭、神経系 (見ることに関わる)
2.嫌、好き・・おなか、消化器系
3.こんちくしょう(相手に対して腹立たしい)・・
  ・・腰、胴まわり、泌尿器系(聞くことに関わる)
4.ゆるせない・・骨盤、生殖器系
5.せつない、苦しい・・胸、呼吸器系

秋は、3の泌尿器系がポイント。腎臓、足裏をていねいに。

[実習・腎臓のてあて、足の裏をゆっくりなでる〜てあて]
[実習・頭部活点〜そのままゆれる〜まっすぐに座る、
心の動きにまかせる]

「悟り」とは、どこか遠くにある手の届かないものではなく
いつもある、日常的なもの。

生まれながらにあるもの。
その心から離れすぎると、心と身体が分離してしまう。
成長の過程で、意識を獲得した
その後に、またそこへ戻る。
その戻るプロセスが「悟り」。

とらわれない、自由な心へ。
幸せを感じる処へ、戻る。

[実習・立って動く〜肩の荷がおりる気功

朝、散歩して、心の動きにまかせて
ふと立ち止まって、ただ見る。ゆるんで、両目でみる。
また、歩き出す。
紅葉の美しい季節まで、続けるとよい。
寒くなると引き締まってくるので、また違う方法がよくなる。

夜は、「おちつく気功」をした後
体をゆっくりゆらしながら、心の動きに任せる。
心をただ、みる。
体の動きがおだやかな揺れになってきたら、
そのまま、寝てしまってもよい。

(純)

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