気功のひろば

ブログ

2017.11.20

11/23-26 台湾

11/23-26、「気功の学校」「禅密の学校」
合同の修学旅行で、初めての台湾・日月譚へ
私たち含めて、19人で行って参ります。

それに伴って、メールの返信・対応が
翌週11/27以降になりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
(純)

2017.11.02

気功生活 お送りしました

10/31、「気功生活」103号をお送りしました。
お手伝いいただいた方、ほんとうにありがとうございました。
終えてから、お茶で一休み。
ここまで駆け抜けてきて、あとは郵便屋さんへ。
いつも、ほんとうにほっとします。

今回は、新しくなった「入会のしおり」、
カラーになった「本とCD&DVD紹介」、
「気功の学校」募集チラシも。
間違えないように、封筒に入れるときは「1、2・・6、7」と
数えて入れました。

表紙は、今度ゆく台湾の日月譚にちなんで、
なんとなく日・月に。
「禅密の学校」で三円功をしたので
陰陽魚も入れてみました。
と、考えて描いた訳ではありませんが。

個人的には、「気功の学校」チラシの
表紙の絵が好きです。

季節に合わせた「養生特集」もおすすめ、
「気功の学校」「禅密の学校」受講生の声も
とてもよいです。

どうぞゆっくり、ごらんください♪

目次は
・・・・・・
自由の胎動 天野泰司
気功の学校2018
養生特集4 秋から冬へ
舞い終えて 松風恵子
秋の講義録
 禅密の学校・秋分 季節の気功・長月
The Book of Life 10/1910/31
自然居士 吉田純子
・・・・・・
となっています。

読みたい方にも、無料でお送りしています。
お問合せフォームから
「気功生活を読んでみたい」を選択し、
「103号希望」と書いていただいて、
ご住所等、お送りください。

*「気功の学校」webでの新規募集は、
11月半ば頃の予定です。

(純)

2017.11.01

気功生活 Vol.103

まっすぐ

遠くを見て、
魂の羅針盤に従い
前へ進む。

 

【目次】

自由の胎動 天野泰司
気功の学校2018
養生特集4 秋から冬へ
舞い終えて 松風恵子
秋の講義録
 禅密の学校・秋分 季節の気功・長月
The Book of Life 10/19、10/31
自然居士 吉田純子

→続きを読む

2017.11.01

self2巻 発送しました & 足湯

11月になりましたね。よいお天気で、嬉しいです。
いかがお過ごしですか。

10/30月曜に、通信講座selfの2巻をお送りしました。

毎回、DVDと学級通信に
マンスリーカレンダーがついていて、
裏には、その時々の「季節のケア」を
天野が書き下ろしています。

今月は「足湯」です、みなさんもぜひ。(純)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

足湯をしよう

秋も深まり、
肌寒く感じる日も増えてきました。
体に冷えの兆候を感じたら、
まず足湯をしてみましょう。

寒い時には体が引き締り、
温かい時にはゆるみます。
ところが温かい部屋に戻っても、
ゆるんだ感じがしないときがあります。
その大部分は、足が縮んでしまったまま
ゆるまなくなっていることが原因です。

だから、足を温めて、
ふわーっと指が自然に開くようにすると、
冷えが抜けて、ほっとできるようになります。

冷えやすいと感じている方は、
一週間ぐらい続けてやってみてください。
毎日つづけることで、足が
縮んだり、ゆるんで広がるしなやかさが増して、
体が凛として寒さにも強くなり、
温かい部屋では、すぐほっとリラックスできるようになります。

くるぶしが隠れる程度のお湯に両足をつけて
時々差し湯をしながら約6分。
左右の温まり具合を確認して、赤みの足りない側を
差し湯をしたところにプラス2分ほどつけて温めます。

その間に反対の足はよくふいて靴下をはき、
反対の足もかすぐに乾いたタオルで指の間までよくふいて
靴下をはいてください。

足湯の後はくれぐれも足を冷やさないように!
お湯は気持ちよい温度で、お風呂の温度+2度が目安。
夜よりも、気温がだんだんに上がっていく
午前中の足湯がおすすめです。

(self担任・天野)

・・・・・・・・・・・・・・

2017.10.31

精神的な革命

The Book of Life
10/31のテーマは、
A Psychological Revolution

以下、天野の訳です。
—————-

思考する人と思考が、
観察する人と観察されるものとが、
ひとつになることは可能でしょうか。

あなたが、この問題を単なる軽いものととらえて、
あれこれ、うわべだけの説明を求めるのであれば、
決して気づくことはないでしょう。

間違いなく、これはあなた自身の問題です。
私のみの問題ではありません。
あなたは、この問題や世の中の諸問題について
私がどうとらえているかを聞くためにここにいるのではありません。
内部に生じているこの絶え間ない葛藤、とても破壊的で、退廃的な…
これはあなたの問題、そうではありませんか。

そしてまた、自らの根本的変化をもたらすことも、あなた自身の問題です。
政治、経済、官僚制の変化等の表面的な革命に満足などしないことも。

私や、私の生命観を理解しようとなどしないでください。
あなた自身を理解しようとするのです。
直面せざるを得ないあなた自身の問題があることを理解するのです。

それらを一緒に熟考することによって、
この対話の中で今まさにそのことをしているのですが、
よりはっきり、より明晰にそれを見ることを
お互いに助け合うことができるでしょう。

しかし、「はっきり見る」と、
言語的な範囲の理解をしただけでは不十分です。
それでは、創造的な精神的変化はもたらされません。
言葉を超えて、あらゆる象徴やその知覚を超えていかなければなりません。
それら全てを脇に置いて、中心の本題に至らなければなりません。

どうやって「私」を消し去るのか、
時間につながれ、一片の愛も、思いやりもない「私」を。

心が心そのものから分離していない時にだけ、「私」を超えていくことができます。
「思考する人と、思考」の非分離と同じように…。

思考する人と思考とが一つであるとき、
そのときにのみ静寂があります。

その静寂は、何のイメージを造り出すことも、さらなる経験を待ち望むこともありません。
その静寂の中では(経験する人と経験が一つであって)、今何かを経験しつつある経験者はいません。
そしてその時にのみ、創造的な働きを持つ心理的革命があるのです。

2017.10.27

思いを手放す 〜9/10京都

2017/9/10 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*思いを手放す

なぜ私たちは、さまざまな苦しみと共にあるのだろうか。

苦しみを減らすには、心の許容量を増やしていく。
生きていること自体が幸せ、心のチャンネルを自分で切り替えてゆく。

生まれる以前からずっと続いている心の状態を、「先天」と呼ぶ。
それは、普段の日常的な心の動きとは違う、言葉以前の世界。

言葉に翻訳できる心の部分を、「後天」と呼ぶ。
それを、分けて考える。

例えば、家にいる動物たちとは、言葉を通して心が伝わっていくけれど
インターネット上で飛び交うメッセージでは、誤解も生まれやすい。
声の調子や表情、間の取り方、心の向かう方向、
体が緊張しているのかゆるんでいるのか等等、
コミュニケーションでは、「体につれて動いているもの」が、多くを占めている。

「言葉以前の心」が、体に宿っている。
BodyとMindは、相互に作用し、影響し合っている。
その両方を、同時にみていくことが大切。

気功では、意識的な働きを静めていくことを「入静」と呼ぶ。
何度でも繰り返し、ゼロに戻る。
「先天の心」が、はっきり現れてくる。

今を生きているのは、先天の心。
将来や過去を考える、時間感覚をもっているのが、後天の心。

方法はやさしい。
体の心地よさに集中し、頭の中を空っぽにする。
そうやって、時間につながれている感覚から自由になる。
心と身体の両面をつないでいけるのが、気功の良さ。

心に浮かぶ、さまざまなおしゃべりにつきあわない。
雑念と呼ばれるものは、淡々と見て、あいづちも打たない。
ただ、聞いているようにすると、会話は成り立たない。
そうしていると、言葉以前の体の部分が、大きく変化する。

[実習・あくび〜心がおちつく やさしい気功」。

「入静」は、集中を保ちながら、気楽にやってみる。
自分を見張る気持ちや、緊張感ではない。

起きているのとは違う、眠っているのでもない。
瞑想的な感覚を特別なものにしない。
心が静かになるのではなく、心がさまざまに動き、流れ、留まらない状態。

心を、つなぎとめることをしない。
楽しかったことや、気持ちよい体験にこだわると、苦しみもつなぎとめてしまう。
一時的な幸せを壊したくない思いが、
心をつなぎ止める。
手放したほうが気持ちよい。

気功をすることを積み重ね、日常でも思いを手放すようにしていくと
ちょうどいいことが、ちょうどいいだけ起こる。

「盛り上がったような気持ちよさ」を手放す。
大変なことを、手放す。

同じことをしていても、毎回新しくて、飽きることがない。
毎回毎回、違う気持ちよさがある。
新しい気持ち、新しい体で味わう。
その後には、深みのある心地よさがある。

*秋の体 

秋の焦点は、腰。
なでる、足湯、水をのむ。

足裏・内股・耳・腎臓のてあて、脇腹・後頭部などの
どこか一カ所にはっきり出ていることが多い。
その時々に、したいところを、ゆっくりなでたり、てあてする。
その一カ所から体全体が変わる。

[実習・耳をこする〜腎臓のてあて、体をねじる]
[実習・肩の荷がおりる気功
(純)

2017.10.25

流れる心へ〜「禅密の学校」秋分

「禅密の学校」9月の2日間より、
お話の一部をまとめます。

2017/9/23-24  天野泰司 
於:アスニー山科和室
・・・・・・・・・・・・・・・

昼と夜が同じ長さ、陰陽がバランスする日、秋分。
本来分かれていないものを、分けることによって合わさることができる。
陰陽の原理、昼と夜、男と女、天と地。
そこに躍動のエネルギーが生まれる。

すべては、仮に分かれている。
分けて、それが決まっているかのように扱う危険性。

なぜ生きているのか。
この状況は何なのか。
複雑な現状を、生まれる力・捨てる力、それが引き合う
単純な原理として感じていく。
生命のダイナミックな波の中にいる、その原点に立ち返ると
生活が違って見えてくる。
そうしたことを、体を通じて感じていく。

具体的には、陰陽合気法天地部・人部、寿の法、穴追いなど。

心を整えていくのによい時期。
土台は「背骨が自由」=体の中の流れがスムーズ。
そしてより細かく、微妙な味わい、体の動きに落とし込むことで
心も動いていく。

辛い思いが浮かんでくるということは、
その心の傷を乗り越える準備がある、ということ。

不安には、「〜になったらどうしよう」という将来への不安と、
過去の不安の持ち越しが多い。

「〜になったら」「〜にならなかったら」、揺れる心。
不安な心と、不安になってはいけないと思う心。
どちらにしても不安で、
その力同士がぶつかりあってどこかで止まる。

動かなくなった心は、「ばくぜんとした不安」に変わる。
それが、体を壊す一番の原因。
「そのまま止まっている心の状態」がたくさんある。
固定して持ち越す、心の奥底に沈んで隠れてしまう。

隠れていた思いが浮き立ってきた時に、体をほぐす。
天地、自然と一体になった感覚を持つ。
「おちつく気功」もよい。
ふつふつと、出てきたものがおさまってくると、消えていく。

どっちでもいい。
一番いいことを選択する、それが自然。
理解は大切だが、理解しているだけでは迷うだけで決まらない。

「不安をしょったまま、生きるのをやめよう」という
楽しい決心をしよう。
不安から離れよう。

自由な心が、全力発揮につながる。
死の淵迄行ったような人が生き返った後、大きく活躍することがある。
それは、心の自由を得たから。

生きている限り、心の自由度を広げていく。
心の掃除をこまめにするように、
そうした方向へ、向かう明るい決心をしよう。

人のために、全力発揮することを慈悲と呼び、
心の自由を実現して、全力発揮することを「空を理解した」という。
それは同じ物事の1つの側面、
自由な心とは、ただ、流れている心。

[実習・禅密功基本功・陰陽合気法天地部・三円功]

[実習・肩と腕…合谷のてあて、穴追い]

[実習・気の法、寿の法]

(純)

2017.10.24

楽になるレッスン〜心が澄み渡る 10/21中之島

台風の近づく、選挙の前日。じっくり少人数。
中之島の18階は、こころと向き合う
天空の異空間でした。

2017/10/21 於:朝日カルチャー中之島 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*心の声に従って

「心」は、コロコロ変わっていくのが自然。
嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり。
その状態を引き止め、つなぎとめようとすることで
安定からより離れていく。

予測しないことは、起こるもの。
抵抗したり、歯向かったりしない。

心には、波があるもの。
波打つこと自体が、健全な心。
心を静めようと努力を重ねれば重ねるほど、
苦しみ、悲しみの中に留まることになる。

明日は投票日。新しい動きが起こっている。
自然発生的に、今必要だから出てきたことが大切。

「自発的な動き」は、完全な自由、圧倒的な自由で支えられる。
限定付きの「自由」や
「まぁ、ここまではいっか」と自分で決めた自由でもない。
身体から湧き起こる何かに従って、すべてを投げ打つような
「今、これがいいぞ」と思うことをやっていく。

もちろん、生きていく上でさまざまな制約はあるが
知らず知らず、自由な空間に、自ら線引きをしている。
そんな枠の中で、知らずに頼っていたものが
がらがらと、不可抗力的に崩れていくことがある。
魂の声に従って、枠を取り払って動く時。

今回の選挙でも、心の声に従って
自主的に立ち上がった人たちは、活き活きした表情をしている。
心がスッキリしていると、身体も活き活きと働く。
心と身体はひとつ。

秋は、心理的な面が前面に出てくる季節。
涼しくなって、心が繊細になり、それが身体に反映する。

辛く苦しかったことが、ふっと浮かんでくる時でもある。
過去の辛さや怒りが、体のどこかに留まって
「漠然とした辛さ」として、心身に作用し続ける。
秋は、それを精算できる好機。
辛さ、出来事が浮かんできたその時に
体の不快な部分を、ただ感じる。
解決しようとしなくてもよい。

そうすると、過去の苦しみがひとつひとつ取れて、流されていく。

[実習・あくび」〜浮かんでくる違和感に、集中しながら。

うつむいてゆっくり息を吐く。ゆっくり頭を上げて、楽に上を向く。
口をあけて、あくびになったら正面に戻る。3回。

心がおちつく やさしい気功」〜気持ちよさに集中しながら。

*楽なほうへ動く

楽なほうへ動くことで、整う。
その中で感じる痛みは、耐えられないものではない。
「もう少しでスッキリするぞ」感がある。

「ゆっくり」動く。なるべく繊細に、体中の感覚を働かせる。
感覚が広がってくると、それにつれて体が一番いいように動き、
自然な働きが引き出されていく。

「心の自然な働き」も、信用して良い。
心は、「コントロールしなければいけないもの」ではない。

心を澄ませてゆくことの意味は大きい。
以前に比べて、ゆとり、余裕がなく、環境的にも
心が自由になる時間、スペースが少なくなって来た。

自分を忘れ、自然とひとつになる時。
山に上って、はるか彼方を見下ろす時。
「自分を見張っている心」から離れ、
解き放たれた心が、元の居場所に戻る。
旅は、原点回帰になる。

けれどこうして今生きている中に、雄大な自然の営みがある。
「私」は、神秘の固まり。
地球に生命が誕生してから、途切れなくつづく生命。
体にふれていくことで、たやすく原点回帰が出来てゆく。

なでる、味わう、心が透明になる。
昔は武士も茶道やお能をしたり、出陣の前に歌を詠んだりした。
死んでもいい、だから強かった。
自分の枠がなくなり、我を忘れる。
そうした時に、力が発揮できる。
自分を含めた全体のために、力が湧いてくる。

枠の中に自分を引き止めない。
自由な心に戻れるような時を作る。
一瞬の中に無限の広がり、そうしたものと出会った瞬間を大切に。

*冷えについて

「冷えたらあたためる」と、『はじめての気功』に書いた。
冷えることを心配して、何枚も重ねることを続けていると
それがなくなった時に冷える。
それよりも、冷えた時に、冷えたところをすぐにあたためる。
そのままに置いておかない。

寒さでちぢむ、あたたまってゆるむ、またちぢんで引き締まる、
そのリズムで体は強くなる。
京都は厳しい冬、暑い夏に鍛えられて、長寿の老人が多い。

[実習・足の指の間を開く]
足の裏と、足の甲をゆっくりなでる。
それぞれの指の間、骨と骨の間を、先から上へ広げながらたどっていくと、
狭くなっているところがある。
3・4指間が狭くなっていると、冷えている。
小さな固まりを見つけたら、そこにじっと
軽く両手の親指を重ねて、しばらく集中する。

最後は立って、のびのびと動いて終わりました。
次回を楽しみに、みなさん気持ちよく帰られました。
ありがとうございました。
(純)

2017.10.20

中之島大作戦 〜楽になるレッスン

衆院選の前日!
2017.10.21(土)10:00〜12:00

中之島・朝日カルチャーセンターにて、
楽になるレッスン「秋の気功 〜心が澄み渡る
を開講します。

急に涼しくなり、体は冬支度をどんどん進めています。
この時期に、心身をよーくゆるめて楽にしておくと、
冬の寒さや乾燥にも負けない、強くてしなやかな心身を培うことができます。
大切なのは、まず第一に心のリラックス。
あくびの呼吸や首まわしなど
簡単な方法で、頭の緊張をほどいて、感情のこわばりもほぐし、
背骨を楽にして、澄み渡った自由な心へ。

また、良い機会ですので、
肩こりや、目の疲れ、腰の痛み、トイレが近くなるなど、
今進行中の季節的な症状への対処法も学んでおきましょう。

午前中の大阪・中之島です。
フェスティバルタワー18階。
土曜日のこの近辺は比較的空いているので、
心も軽く、ゆっくりランチなどいかがですか。

気功の主役はあなた自身。
今回は、当日の飛び込みも可能です。
申込は、直接朝日カルチャーセンター TEL.06-6222-5222 へ。

2017.10.19

つなぎ止められることも、とどまることもない心

The Book of Life
10/19のテーマは
A Mind Without Anchorage or Haven

以下、天野の訳です。

——————-
あなたには新しい精神が必要です。
時間から自由な心。
もはや時の隔たりや空間について考えることのない心。
何の限界もない心。
つなぎ止められることも、とどまることもない心。
神などというものを扱うためにだけではなく、
目の前にある生活の諸問題に対処するためにも
このような新しい精神が必要です。

つまり、重要なことは、
私たち一人一人が、そのような心を持つことができるかということです。
だんだんにではなく、努力錬成することもなくです。

なぜなら、心の修練も、開発も、プロセスも、必ず時間を伴うからです。
その新しい心は、即生じなければなりません。
時間を超える特性を持つのですから、今、変わらなければなりません。

生は、即ち死です。
死はあなたを待受けています。
生に抗することができるように、
死に抗することはできません。
そう。だから、新しい心を持つ。それは可能ですか。

何かを達成するのでもなく、
何かのゴールでもなく、
何かを目指すのでもなく、
何かに到達しようとするのでもなく。

それら全ては、時間と空間を必ず伴ってしまうのです。

私たちは、とても便利で、慰安的な、定型の思考パターンを持っています。
時を経て進歩していく。
時を経てそこへ到達する。
時を経て成し遂げる。
時を経て真理へと近づいていく。
それは私たちを欺く偽物の考えです。
全くの幻想です。
そうした意味で、時間は幻想なのです。

最近の記事

img_04