気功のひろば

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2017.08.22

縁と空について〜「禅密の学校」7月

「禅密の学校」7月の2日間より、
少しだけお話をまとめます。

2017/7/16-17  天野泰司 
於:アスニー山科和室
・・・・・・・・・・・・・・・

今期のテーマは「私が背骨」。
背骨は、自然界全体と交信するアンテナ。

「背骨が自由自在に動く」ことが、禅密気功の中心。
それは、無限にある選択肢の中から、
瞬間瞬間、最適な動きを選びつづけること。
そして、背骨もなくなり、私もなくなる。

自他の力を、区別する必要はない。
「私」は自分に限定されない。

私たちは、世代を越えた無数の「縁」(=つながり)によって存在していて、
つながりがなければ、今存在していない。
それを「空」と呼ぶ。

「これが自分だ」という虚像、
作り上げた壁をほどいて
縁、空に還る。

「体の自然に還る」ことを、禅密では「先天に戻る」という。

仮のものである「私」が崩れると、「私のもの」もなくなり、
わずらいもなくなる。
西田天香さんの「無一物中無尽蔵」とした生き方、
こつ然と各地に現れた「妙好人」たち。
「空」「縁」といった考え方を灯火に、
心を自由に、体を通して、本質を理解していく。

体にまかせて、素直に軌道修正をする。
苦しみは苦しみとして享受し、
生活のなかの全てにある、快感を感じ取る。

礼節を重んじていた時代から、「我」を中心にするように変化して
自分に都合のよいことを身の回りにあつめ、
他人を責めることが多くなった。

自分の中の美しい部分をみとめ、
相手の美しい部分を心で拝む。
「てあて」をする時、お互いに礼をし、礼で終わるように。
相手の中の、先天をみる。

「これが私」と思っているものは虚像、
日常とリンクして、体で「空」を感じ取っていく。
(純)

2016.12.03

禅密 萬福寺合宿

11/26-27、京都・宇治の萬福寺、
青少年研修道場に宿泊して
禅密功を中心にした、合宿を開きました。

お泊まりは30名、1日目だけの方が5名。
萬福寺総門前に集合。

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放生池前で気功。
左右対象、中心線の通った中国式のお寺。
その中心線上にあるお庭、
日当りのよさもあいまって、
何ともいえない心地よさでした。

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終えると、目の前の木に見たことのない小鳥が。
すぐそばに何羽も、逃げることもなく集ってくれて、
場が喜んでくれたようで感動。

門前には龍穴である井戸、
門を入ると並べられている石が龍の背中。
たどりながら、開山堂へ。

日本に、多くのものを伝えた
隠元禅師にご挨拶。

3年のお約束で来日してくださったのを、その徳に
中国にいらしたときと同じ形式で萬福寺を建て、
みながひきとめたといいます。

最初に来たときは、「中国のお寺みたい」と懐かしい気持ちになりました。
建物のみならず、お経や修行、食のありかたなどが、
当時のままこの地に保存されていることは
たいへん貴重だと感じます。

入り口の布袋さん(弥勒菩薩)は、
中国式に、笑っています。
禅密功の入り口は「笑い」。
劉漢文先生には「禅密をする人は笑っている」「まず、笑いの門を入る」と
教わりました。

教室でもときどき、丸くなってみなで笑ったりしますが
このたびは、おおきなおなか、満面の笑顔の
弥勒さんの前で笑い出す天野。
みなさんも続いて笑い始めると、大きく天蓋がゆれ
お堂までゆれるかのようでした。

笑いの門を入った私たち。
300畳の正座道場をお借りして、1コマめの講座。

禅密瞑想。最後に、丹羽さんが天河の鈴をふって唄ってくださいました。
いつも美しい日本語が降ってくるものが、初めて出てくる中国語にびっくり。

外と一転して冷えるので、動物を真似る古い気功「五禽戯」や
声を出したり、動いて内からあたためることも多々。
かなりの冷気に翌日はこの場を断念、
空調のある部屋に変えていただきました。

終えて、楽しみだった普茶料理。

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次々に出てきます。かやくごはんが嬉しい。

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片付けも作務、みなで行うのがまた楽しい。

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隠元さんは、日本へ煎茶を、
絵画では南画(=水墨画)を、仏具では木魚、そして
インゲン豆、蓮根、孟宗竹、西瓜等も持ってこられたと言われます。

お茶のご縁で、今回は住職手作りのおいしい普茶料理のあと
好日居・晴美さんが中国茶を淹れてくださいました。
禅寺でのさまざまな決まりと簡素な宿舎、寒さの中で
ほっとしたゆとりの時間となりました。

雲南省の、何百年という古樹のプーアール。
何煎でも出ています。
宇治の茶だんごを、ひとりひと玉かふた玉づつ。

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お風呂のあと、夜の講座。穴追いを中心に、体をゆるめ
9時消灯、4時起床、これは気功協会始まって以来では。

4時45分、暗い中本堂へ。楽しみにしていた中国式のおつとめに参加。
いつもは開いていない、桃の絵の書かれた扉が
がたがた! ばたん! と開かれて
僧が入ってこられます。

「ナムカラタンノー」はわかりましたが、あとはわからない。
音程がかなり大きく動き、一緒に歌えそうなお経。
日本のお寺だと、おつとめは畳か板の間に座っていることが多いのですが
30分の立ち見もまた初めて。
5時半、僧たちが走ってお堂を出ていかれます。
風のよう。

座禅に入られるとのことで、私たちも
特別に許可を得て、裏庭ですこし座らせていただきました。
黙の時間。
素晴らしい空間。

真っ暗なのが、少しずつ、少しずつ明るくなってきます。
このかんだけ、雨が止んでいたこともありがたかった。

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朝食はお粥。あたたかく、ありがたい。

もう一度、晴美さんがお茶を淹れてくださいます。
なんと、たま木亭のシュトーレンつきで、古樹の紅茶。

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宿泊した部屋の掃除。自分で掃除することは、
ほんとうに心地よいものです。
今から使う和室も箒かけ、トイレの紙を補充。

宿泊室を出て、小さめの広間で講座3。
朝が早く、冷えているだろうので、空調のある部屋に変えていただいて正解。
体がほどよくゆるみ、きもちよく合宿を終えることができました。

パン屋たま木亭に向かうみなさんと一緒に歩いていると、
北白川事務所近くの、京大北部構内で
よく見かける、大好きなメタセコイヤの木や
樹々たちが、ひろびろとした庭に。
あ、なんて気持ちいい。

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ガラスばりのレストランが見えてきました。
「私、ここで先に休むね!」
京大の宇治キャンパス、
本部近くにある古い洋食屋、「まどい」の支店だったのでした。

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好きなものをとって食べられるバイキング形式、
何度でもいれられる紅茶、
ガラス張りのきれいな室内と、安定した気温に
ほっとして、たま木亭に並んでいるみんなに
ガラス越しに手をふると
あとでみんな、食べにきてくれて
10数人で、ゆっくり食事もでき
気持ちよく、合宿を終えることができました。

得るもののとても大きい合宿でした。
みなさん、ほんとうにありがとうございました。(純)

2016.08.31

七夕てあての会

七夕てあて2016
毎年、旧暦の七夕の頃、山科で開いている「七夕てあての会」。
「新春てあて」に続いて、年に2度、
ゆるみながら自らの方向性を確認していく好機です。

今年も、よしふみさん・なおちゃんペアが、朝に
笹を切ってきてくださって、床の間の前へ。
和室は一気に清々しい雰囲気に。
天野の話から。

・・・・・・・☆・・☆・・・・2016.8.11 天野泰司 @山科和室☆

私たちは、本能的に幸せを望んでいる。
心地よい、ということは、体が自然な状態にあるということ。
「今の気持ちよさがもう一段深まる」ことを望むのが、願い。
潜在的な願いが叶っている時は、心地よさが続く。
体の気持ちよさと、願いはリンクしている。

ほんとうに体が欲しているものを見つけていく。
辛さ、痛みをちょっと横に置いて感じ直してみると
「ココだ! 」という発見がある。
そうすると表面的な違和感も消える。
体が望んでいる時は、みぞおちはゆるみ、
下腹部は充実している=上虚下実。

[実習・おなかのてあて〜
心がおちつくやさしい気功〜肩の荷がおりる気功]

夢を書く時には、遠慮しない。
短冊一枚にひとつの夢、ひとつの文。
結論だけを「過去形で、自分に引きつけて」書く。

書くという動作によって、
「既に起こったこと」として体の中に入る。
実現しそうにない、と思うことでも書いてかまわない。
どんな縁がつながるかは誰にもわからない。
夢と夢とが結ばれていくのが七夕。
人と人は本来大切にし合ってきた。素直に
夢と夢とがつながっていくのが自然。
自分の夢がかなうと、全体が幸せになる。

[短冊をまず一枚書く〜
下腹部・後頭部てあて〜短冊を好きなだけ書いてつるす]

笹を中央へ。好日居さんの献茶、よしふみさんのリードで盆踊り。
願いの依り代の周りを回っては手を打って。

何とも心地よい七夕の会が、今年も終わりました。
(純)

2016.08.31

夏の体癖

「気功の学校」に通っていると、だんだん興味が湧いてくる「体癖」。
野口晴哉先生の膨大な観察による分類、例年人気の講座。
今年は「偶数種」「複合体癖」にも詳しく話が及びました。
お話から。
・・・・・・・・・・・・・・・2016.7.31 天野泰司 @山科和室

人が産まれて成長する順序と、体癖分類の順は一致。
体癖を知ると自他を許していける。

*上下型1・2種
腰椎1番・思考型・論理的、神経系。
頭を楽にするとよい。
首回し・頭をなでる・おちつく気功など。
すっと手が上に上がる。顔が長く、首が目立つ。
1種は頭がよく働き、数学や哲学など、考えること自体が好き。
2種は考えすぎて悩む方向に。決まった中で仕事するのが得意。

*左右型3・4種
腰椎2番・本能型・自己保存、消化器系。
おなかを楽に。
女性はほとんど入っている。気持ちがゆれて迷い、ふり切れると戻ってくる。
幼児期は左右傾向。
3種は丸くやわらかく、豊か。しゃべる、食べる、笑って発散可。
4種は控えめ、木陰の美しさ。感情を押さえるとおなかで固定化しやすい。
止めないで泣くこと。

*前後型5・6種
腰椎5番・行動型・鬱散的、呼吸器系。
胸を楽に。
現代的な格好良さ、関西でいう「しゅっとしている」感じ。
しようと思うことと実際がずれる、及び腰になる時は
「肩上げストン」、前後のふりこを。

*ねじれ型7・8種
腰椎3番・行動型・闘争的、泌尿器系。
腰を楽に。
胴が厚く、屈しない。頑張る傾向。
横腹の厚い方をつまむとよい。
余分な力を抜くこと。

*開閉型9・10種
腰椎4番・本能型・種族保存、生殖器系。
骨盤を楽に。
女性は開と閉が巡ってくる。
開は広く受け容れる愛、閉は集中し持続する愛。

男性は上下前後、女性は左右開閉がベースになることが多い。
(純)

2016.02.13

手あては真の愛 〜浅草てあての会

好評の東京講座、今年は「浅草てあての会」。
朝日カルチャー新宿の翌日で、
続いて参加してくださった方が、10人以上いらっしゃいました。

午前中は妊婦さん、
終えてからは13ヶ月の赤ちゃん、
昔からの会員さんや、新しい関東方面の方々、
お友達やご夫婦連れの方など、
とてもあたたかな、思いにあふれる講座でした。
お話中心にお届けします。(純)

2016.1/30 於:浅草公会堂 天野泰司

・・・・・・・・・・

「手あて」は、人が互いを大切にする心。

震災から5年、多くのものが動いてきている。
「この場」で、私が変わる意味は大きい。
自然の本質は、刻々と変化すること。
変化を恐れることが、自然を乱す。

「手あての心」が、今、東京に必要。
今日伝えることを、体で受け取ってもらえたら何より嬉しい。

「手あて」は、「真の愛」といったようなもの。
言葉にすると遠ざかるようだけれど、
無限の広がりを持つ、完全な自由。
その中に相手に必要な働きが起こる。
限定、観念、「こうしたらいいんだ」というような考え、
習慣、といったものは不要。

習慣とは、その人の体の使い方、すなわち生き方。
今考えていることは、今の体の状況を反映している。
心と身体の、限定を外していく必要がある。

「〜しなければいけない」から、「制約が無い」ことを
体を通じて体験していくのが、手あて。

人は動物。気持ちよさ、生きている充実感が満たされないことが
二次的三次的欲求を生み、あきらめてしまうのが最もよくない。

「生まれてきてよかったね」
「気持ちいいって大事なことだね」
「生きているってすばらしいね」
そうした本質的な手あてを、おなかにいる時から受けている子どもは
幸せへの切符を手にしているようなもの。
小さい時に積み重ねると、ゆるがない。

不幸への切符をもし渡されていたとしても、
自分でその列車を乗り換えてゆけばよい。
自分へ、おなかにいる時と同じような暖かな手あてを
繰り返しやっていくこと。
それは生きていることへの礼賛、祝福に近い。

[実習・心がおちつく やさしい気功

「一生懸命」は、ほんとうに相手にとって良いことだろうか。
他の人のそれが、辛いこともあれば、ぴたっとはまることもある。

お互いに、少しずつ力を抜いて、にこにこと。
やさしい言葉が必要な時も、強い言葉が必要な時もある。
その時々で、これは違う、これが良い、といったことはある。

「おちつく気功」をしている15分ほどの間に、
ずっと、「変わる」ということがある。
気功は、「私は変化している」ということに気づく技術。

最後に「うん、大丈夫=これでいい」という感覚が出てくることで、
「今、何をするか」が明確になる。

本来、自然は移り変わるもの。それに合わせて
変わってゆけばよい。
それは、とりあえず何とかなればよい、ということではない。
意識でわからなくても、やってみればいい。
それが、「手あて」。
人として一番大切なこと。
技法ではない。

[実習・お互いに手あて]
手のひかれる処にあてる。

相手が気持ちよくなることを通じて、
自分も気持ちよくなる。
それは手あての醍醐味、人が本質的にもとめていること。

手を離すタイミングがとても大切。
手放すときには、離すこと。
例えば被災地などへの支援でも、
「ここで終えたら相手が元気になる」タイミングで。

本屋に野口晴哉先生の本が普通に並んでいる時代になった。
晴哉先生は、8割は効果のあった方法を紹介している。
いのちは枠にはまらない、データをとることは難しい。
データを取ったとしても、結果がその人その人に当てはまるかどうかはわからない。

人には高潮期・低潮期があって、
体調の変化が高潮期に重なると、はっきり症状が出て
変化しやすくなる。
それを止めると、変化したり改善する余地がなくなっていく。

例えば、熱が上がりにくい時は後頭部の手あて、
熱が下りない時は鼻をあたためる、などの方法は
自然を乱さないためのたしなみとして
知っておくべきこと。

気功や、整体、操体などの方法は何も矛盾しない。
自然は同じ。

[実習・肩の荷がおりる気功

自ら荷物を背負っている自覚が大切。
つまり、いましょっているものはすべて
自分で下ろすことができる。

下ろしてみた結果、また同じ荷を背負い直すことがあっても
またその荷の状態は変わっている。

親子、家族で束縛し合うことがあるが、
それをほどくのは子の「自ら下ろせる」自覚。

妊娠中から、今育てつつあるという自覚をもち、
全面的な注意をあつめることが大切。
その中に楽しみがある。
奇跡的な「いのちのつながり」の海に、自分から入る。

[実習・禅密功]

2015.10.03

禅密大山合宿

9/22-23、鳥取の大山寺宿坊で
禅密功を中心とした合宿を開きました。

地元・米子の方も含めて、26名の参加。

京都から岡山乗り換えで、特急「やくも」。
米子からバスで、いよいよ大山に到着。

広々として、空気が澄んでいます。

美しい参道。
歩きやすいので、犬を散歩させる人も。

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宿坊に荷物を置き、奥宮へ。
かなり上がりますが、上では結婚式も。

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下りる途中、「金門」右側の石垣から。
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講座が始まりました。
樹々の枝先に、小鳥がやってくるのを眺めながら。
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天野のお話から。

・・禅密功のポイント。

第一は「笑いの門」。=慧目を開くこと。
微笑みが絶えない、心の気持ちよい状態を保つこと。

それには、民主主義を保っていくのと同じように、不断の努力も必要。
わくわくすると、自ずと続く。

今、必要なのは、絶え間なく気持ちよく続けていくこと。
今、実際にそんな動きが起こっている。
例えば、学生たちのデモでは、わくわくがあるから自ずと続く。

2つめは、いのちが動いていること。=密処がゆるむ。
動物的な、人としてある気持ちよさ。

それは、骨盤から生まれてくる。
いのちがふつふつと湧いてくる感じ。

骨盤は、固めてしまうと辛い状況を持続することができる。
ゆるんでいる状態は、本来、努力無く培われる。

いのちが湧き溢れている状態が、
自分から周囲へ広がっていくことが、いのちを大切にすること。

天心がくもっていくのは、習慣によるもの。
決めごとが多いほど難しい。
習慣を積み重ねているということが、人生を生きているということ。

「自分の人生は、自分で生きている」その自覚から始まる。

病気になるには、いろんなことを人のせいにすればよい。
依存する体制をつくる。
薬の広告を読んで、「俺はそうならない」といいながら
その通りやっても、病気になれる。
人には自然治癒力があるので、病人になることは難しい。

そして3つめのポイントは、背骨が動いていること。=三点一線。
基本は、前後・左右・ねじり、そして自由な動き。
背骨はいつも動いている。

元々、何もない。「生きている」ということだけがある。
意識的な「何か」や、習慣に縛られてしまう。
最低限のやり方で、進めていくのがよい。

[実習・基本功]
・・・・・・・・・・・・

よいお天気に恵まれて、素晴らしい夕焼け。
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空が、どんどん変化していきます。
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精進の晩ご飯は、
高野山とも比叡山とも違う、独特の献立。
とても美味。
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日の出。
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朝の気功と、大山寺への散歩。
山の朝は、やはりひんやり。
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朝ご飯も精進。おいしい。
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合宿も終盤。
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[実習・陰陽合気法人部など]

・・(お話から)
陰陽が合わさるということについて。

元々、何も分かれていない。
悩み、苦しみは分離から生じている。
離別を越えていくと、苦しみから開放される。

後天を相手にしない。おそれも、戦いもしない。

今、自分がその状態を選んでいる、
自分から今この世界を楽しんでいる、という自覚が
これからを変える大きな力にな。
自分が変われば、すべてが変わる。

・・・・

休憩は、外を眺めながら。
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充実の2日間を終えて、植田正治美術館へ。
モダンな写真をたくさん残した方。素敵です。

ここから見える大山も格別。
椅子に座って、しばらく陶然。
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ガラス窓に帽子のイラストがあり、
ステッキと傘が置いてあって、本人になれる仕掛け。

サイズぴったりの天野せんせい。
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傘を持つと、見栄を切ってしまう。
いや、なんか違う。
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これもちょっと違う。
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そろそろ他の方に交代しようかな・・
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なんとも澄んだ空気、心地よいお山でした。
大山、ありがとう!
みなさまもありがとうございました。

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(純)

2015.08.25

七夕てあての会・お話から

七夕

8月23日。旧暦の七夕をすこし過ぎて、
今年も、気功協会で「七夕の会」が行われました。

からだをゆるめ、願いを書き、短冊の周りで盆踊り。
ほんとうに楽しい一日になりました。

願いをかなえるとは、そしてほんとうの願いとは何でしょうか。
お話部分を、まとめてみますね。(純)

・・・・・・・・・・・・・・・2015.8.23 於:アスニー山科 天野泰司

願いの書き方について。

ちくま新書『気功の学校』 7時間目のまとめ、から。

・私たちの心には、大きな潜在力が眠っている。
・人力と天力の統合、「人天合一」が気功の最終目的。
・願いはかなうのが自然。大切なのは、「心からの願い」を見つけること。
・心にも万有引力がある。
 私の願いと、誰かの願いは、お互いに引き合っている。
・願いをかないやすくするには、体をゆるめ、心を楽にする。
・直筆・過去形・読んでみて幸せ。これが「願いが叶う三原則」。
・自分をゆるすと、心が自由になり、本来の自然の働きが回復する。
・自分を大切にすることに妥協しない。
・気持ちよくて簡単なことを続けていくことが大切。
 そのたった一人の小さな習慣が、世界を変える真の力となる。

原則は、「自己責任」。

思っていることが、目の前に現れてくる。
思わしくないことも、自分が呼び寄せている。
そのことを受け容れると、「変える力」が出てくる。

自分が変わればいい。
心の角度を変えると、嫌だと思っていたことへの
心理的抵抗感が消えて、
それを続けていくと、嫌な状況に合うことが減る。

望ましくない状況は、「マイナスの願望」の働き。
「こうならないように」と思うと、そちらへ進んでいく。

口癖を変換するとよい。
例えば、「でも」「だけど」をよく使っていることに気づいたら
「で・・ですよね!」「で・すね!」「だ・・よね!」と言い換える。
「もしこうなったら」「こうなってしまったらどうしよう」を手放して、
「今、こうしたい」ことを選ぶ。

例・「一人で出かけた母が事故にあったらどうしよう」→
  「お母さんがにこにこして帰ってきた! 」

不安がある場合は、寝る前に、明日のことを積極的な言い方で
つぶやいてみるとよい。
一週間くらい。

打ち消す表現が多い場合は、体にねじれ傾向があることが多い。
口癖が変わると、体のねじれも取れ、変わってくる。

物差しは、「快か不快か」、そして「自然か不自然か」。
気持ちのよいこと、
自然なほうを選ぶ。
無理な自分はつくらない。

直筆・過去形・読んでみて幸せ。

願いは、定期的に書き換えてゆくとよい。
新月、誕生日、新年、七夕…。

願いは自分にひきつけて書く。
ex.「母が楽しく帰宅して、私も嬉しかった。」

それは、自分がどういう世界を望んでいるかを描くこと。
ex.「話し合いによって、物事が解決する世の中になりました。」
方策を考えていくことが、願いを叶えていくことになる。

「今そうではない」ことの強調にならないように、
自分の気持ちよさを大切に、
最終的な状況を書く。

書いておくと、手放し、忘れることができる。

願いが叶うときは、人力と天力がひとつになって働いている。
さまざまな状況はとても複雑で、それがどう変わっていくのかは
今の自分にはわからない大きな範囲のこと。
こうなって、こうなるから、こうなってほしい、という筋書きはいらない。

書く時に、叶ったことへの感謝、
「ありがとう」という気持ちもっておくと
「自分ができること以上の力が働いている」ことを肯定することに。
そして、叶って、それに感謝することで
よいサイクルができてくる。

最終的な状況を書いて、忘れる。その時に、
「ありがとう」と思って、まかせる。

日常的な小さな願いが叶うことも、とても大切。
日々が心地よくすごせることで、周囲へ心地よさが広がってゆく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

2015.06.18

やさしい気功を伝えるために

15周年の記念講座「やさしい気功を伝えるために」。
前日の御所散歩に引き続いての参加者も。
午前中のお話中心に、まとめました。

        2015.5.31 於:山科和室 天野泰司
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
私たちが、生まれる以前から、あるもの。
死んでも続いていくもの。
物理的ないのちより、大切なものがある。

気は分け隔てなく流れている。
意識的な、自分で作った枠から離れ、広々とした世界に入っていく。
それを体験するのは、やさしいこと。

そのひとつに、
心がおちつく やさしい気功」がある。

2011/3/11、震災から大きく何かが動いた。
その出来事とは別に、さまざまな「余分なもの」を
付け加えるほど、修復が遅れる。

日本中、世界中の心配の嵐。
「これはたいへんなことになった」という不安が
本来の強い修復力が働くときの大きな壁になる。
それを少しでも崩して、治癒力が必要であれば
スムーズに起こるような状態に、と
「おちつく気功」を作った。

手をなでる、顔をなでる。胸をなでおろす。ゆれる、足腰をなでる。
すべての基本は「愉気」=気を集めること。
無色透明な、何もない感じが、必要なところにすっと集まっていく。

作った時に、ひとつひとつの動作に大きなメッセージはなかったが
この気功が、ひとりでに歩き出し、動き出している。

京都造形芸術大学の、通信教育「身体」の科目で使うようになり
7日間、「おちつく気功」をされた後のレポートを読むと
「単位を取る」という目的があることで、それが外的方便となって、
自ら見つけ、興味をもって取り組んでいることがわかる。

ひとつひとつの動作について。

「手をなでる」「顔をなでる」「頭をなでる」。
精子・卵子が結合して、頭ができ、発達していく過程で皮膚ができ、掌ができた。
頭と掌はつながっている。頭と、皮膚も深くつながっている。
また、頭皮をなでるのは脳をなでるのと同じ。
なでていると、無意識に前後運動が起こる。
こうしたことが相まって、神経がゆるみ、不安や心配が解消される。
顔をなでることで消化器や感情の調整になる。

「耳をこする」。
耳は、本能的な骨盤の働きとつながっている。
こすることで、体に勢いが出て、「熱い」感じを持つ人が多い。
神経系統と骨盤の系統、両方に変化がある。

「胸をなでおろす」。
ことばの表現「意」が「気」とつながり、ほっとした気持ちになる。
過剰なエネルギーが、自然におりてゆく。

「首をまわす」。
ゆっくりなこと、楽な範囲で動くことが、何よりも大切。
レポートを読むと、多くの人がここで発見をしている。
「ここが痛い。」「こんなに動かないところがあったんだ。」
まだまだほぐれていないところがあることに自ら気づき、
続けているうちに、4日目くらいから「ゆっくり」痛みを避けて、
回るようになってくる。
今はpc、スマホの普及で、多くの人が骨盤中心の力が使いにくくなっている。
首が変わると、頭が変わる。考え方が変わり、腰が変わる。
首の調整というのはとても難しい。
それを、自ら発見するところに大きな意味がある。

「体をゆらす」。
首がほぐれているので、背骨が動きやすい。
「好きなほうへ自由に動く」ということは、子どもの時、みんなしていたこと。
そうしてやっている内に、姿勢が変わり、その人らしさが出てくる。
それは、その人の「今」が変わるということ。
その効果はとても大きい。

「ゆっくり息を吐く」。
体がゆるみ、リラックスが深まる。

「自分を抱きしめる=胸のてあて」
胸に手をあてることで、自分自身の深いところに気づき
「生きている」という実感が湧いてくる。
呼吸にそって、気持ちよさが起こり、
いろいろな感情が起こって、発見がある人が多い。

「足腰をなでる」
最後に、体に引き締まりを作っていく。
その人本来の勢い、自分らしい勢いが、足腰をなでることで実現する。
気持ちよくなでることが大切。

「ウン、大丈夫」。
自分への「潜在意識教育」。
自分が思っている「自分」より、より深いもの(=自然)のゆるぎなさを、
そこへ戻って良いことを、潜在意識に語りかける。
そして、体の中心に戻る。(=先天に還る)。

どなたかに教えるときは、「同調して」「自らが整う」ことが原則。
教えなくちゃ、とか考えない。
自分らしく、自分が自然と出会うように。
どれだけ自分がスッキリした体になるかが大切。
何も言わないでも、みんなに同じ感覚が伝わっていくのが理想。
ちょっとしたひとこと、切り替わり、
同じように見える繰り返しの中に、何か、今違うものがある。
そのタイミングをつかまえる。
意識しておくことで変わる、それは自分の中の自然に気づくこと。
(純)

肩の荷をおろす気功

(純)

2014.10.20

浅草!

10/5、しばらくぶりの東京講座
「気功の学校・浅草」。

前日から新幹線で向かいました。

京都の地下鉄で、神戸の会員さんにバッタリ。
だいぶ向こうから、見つけて車内を移動してくださって歓談。
新幹線のホームでは、前を歩いていく名古屋の会員さん。
なんと同じ新幹線に乗られる、とのこと。
嬉しく、あたたかい気持ちで乗車。
 
長距離移動の楽しみは、まずお弁当かな。
京都のよいもの、和久傳のお弁当を
少し気軽に、駅ビルSUVACOの「はしだて」で。

ひとつは、「秋の野菜寿司」。

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それぞれ違った味の、きのこや銀杏、芋。
なんともいえない軽さと、
いろんな処から集めてきたのだな、という味わい。

天野セレクト、ビールは「御所麦酒」。

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もうひとつ、「鯛の護摩味噌寿司」。

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しっかりした鯛と、胡麻の風味。

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持参した林檎、
中村藤吉のほうじ茶ゼリーもちょうど良く
おかげで、翌日まで調子が良かったです。
 

泊まったレジデンスホテルは、
9月の大雨で浸水し、エレベータも外線電話もまだ使えない状態。
いたしかたなく、子どもたちに、浅草演芸場の前で
提灯に囲まれて電話☆。
夜遅くまで人力車が走っていて、外に出された椅子で飲む人々。
にぎやかです。

翌朝も雨。
浅草公会堂の前の伝法院通りは、なかなかおもしろそう。
公会堂の前にさまざまなスターの手形があって、
井上八千代(先代)や! 越路吹雪! と感動しつつ入館。

浅草公会堂に、釧路から大阪まで30人弱の方々。
会員さん、そのお友達、ご紹介の方など
天野の本を読んで一度受講してみたい、と思っていた方が多く
なごやかでやわらかな雰囲気。

落語会や、舞踊の発表などできる和室の雰囲気もあるのかな。
今回はホワイトボードをお借りしましたが、
金屏風をセットすることもできます。

楽しみで、前の晩眠れなかった、という
「気功の学校」の方も。
 

まず立って動いて…。

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ゆっくり、お話を聞いたり。

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頭のてあての位置を確認したり…

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「心がおちつく やさしい気功」。

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みなさんとても喜んでくださって、
また関東講座を、という声も多数。
 

終えて、浅草寺にお参り。
雨が滝のよう。

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観光客も多いところですが、
靴を脱いで上がって、観音様の真ん前でお参りできると教えていただき
何ともいえず気持ちいいお参りをさせていただきました。
 

景気のいい土地柄です。
反応する、天野先生(笑)。

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傘もだんだん小道具と化して。

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あちこちにいらっしゃる、名場面な皆さま。
「問われて名乗るも おこがましいが」
白波五人男、日本駄右衛門さんですが
先生も、なかなかきてます。

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そのまま品川へ向かうつもりが、
雨が強くて、とび込んだ天ぷらの老舗。

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大黒やさん、天ぷらがはみ出ていて
海老の天ぷらに海老のかき揚げ、
しっかり醤油の強い味。
関西とはだいぶ違う味。

戸惑う中国人観光客の、注文の手伝い。
天津から来た、とのことで
私たちも以前、禅密功を習いに行ったところ。

さまざまなご縁がつながって、今日の講座がありました。
 

新幹線では、ホテルで頂いたスリッパに履き替えて
靴を乾かして、極楽極楽。
ゆっくり京都、北白川に戻りました。

みなさんありがとうございました。
たくさんご感想もいただいています。
講義録はこちらに。
作成中の「気功生活」では感想もご紹介しますね。
(純)

2013.11.25

禅密の学校・高野山合宿

11/23-24。お天気にも恵まれて、
「禅密の学校」今年最後の講座を、
合宿の形で開くことができました。

参加者は28名と、私たち4名。
ちょうどダライ・ラマ法王が来日中の今。
前回来日時に、昼食を召し上がったという普賢院を会場に、
テーマは「般若心経と気功」。
精進料理もたいそう美味、お寺さんにも良くしていただいて、
あっという間の2日間でした。

使わせていただく大広間で
床の間の額をふと見ると、般若心経。
掛け軸も、般若心経。
偶然か、必然か。

1日目午後の講座より、自己紹介の後で。
・・・

「私」は、仮のもの。
「私」には、本来の私と違うものが入り込んでいる。
例えば、名前。

「自分」はどこにあるのだろう。
例えば、背骨に、下腹部の一点に。
「私」は仮設できる。

「自分」という枠があることで、他との境界ができる。
分け隔てること、違っていることで争いが起きる。
自分、という線引きから、元々の本能に従って生きていこう、
とするのが般若心経の教え。
苦しみを解決する方法が、具体的に書かれている。

先日、京都造形芸大の文明哲学研究所の平和会議で、
大澤真幸さんが「自衛隊のvol.2としての援助隊x」という話をされていた。
援助隊は軍事活動以外の、あらゆる援助を
敵味方関係なく、あらゆる国に行って実地に行う。
そのモデルとして、ペシャワール会の中村哲さんが
アフガニスタンに用水路を作り、田畑を蘇らせた、
そんな活動をイメージしていると仰っていた。

そんな活動をする人が、もし100人いたら
援助隊は成り立つのではないか。
中村さんのされていることは、自分という枠を捨てている。
般若心経の菩薩行。
これからそんな人が沢山出てくるだろう。
100人、1000人、1万人でてきたら日本が世界を変える。

実際に立ち上がれる人になろう。
般若心経は、「完全に、自然の息の中に入りましょう」と説く。
それを、体・声・イメージ=身・口・意を使って
体験していこう。

【2人禅密】…相手の背に手をふれて、ゆっくりと自由にゆれる。
2人いるから、ひとつになれる。
ひとつだから、2つになれる。

【お互いに頭のてあて】…冬に向かう時期は、頭が疲れやすい。
相手にふれ、自分の中にある同じような感覚を消していく。
客体を変えようとするのは、意識の働き。
主体(自分)を変えることで、相手が変わる。

体があるからこそ、実際に触れて、変わっていくことが可能。

それは日常生活も同じ。
自他の区別があるのは、楽しむため。
お互いの力を発揮しやすくするため。
目の前にある、いちばんいいと感じられることを
自分ができるように。

・・・・

夜、写経。お寺のかたのご説明も、わかりやすく
おかげでさっと取り組むことができました。

京都よりさらに5度低い高野山。
大広間はあったかいけど、
写経と、泊まるお部屋はかなり寒い。
みんなで大きく動いて、あったまってから写経。
終えてからのお風呂のありがたさ。

以前別の宿坊に泊まったときは、こたつと豆たんアンカでしたが
このたびはエアコン。
時の流れの中で、私たちが
電気をよく使うようになったことも感じます。

2日目朝。
ろうそくの光の中、おつとめ。
地下のマニ車と、仏舎利を見せていただき、奥の院へ。

一の橋

凛とした、清々しい空気。
大杉の間から射す朝の光。
おひとりが持ってらした、天河の五十鈴がずっと鳴っていて
お墓の間を歩く、重さがすっかりありません。

いろんな先人に支えられて、こうしてあるのだなぁ、と
無数のお墓やお地蔵さんの間を歩きました。

いちばん奥のお堂前で、般若心経を上げようとすると
ちょうどそこにいたお坊さんが上げ始め、唱和するような形に。
お坊さまは小さい息子さんと2人でいらしていて、
とても可愛がっているようすに、心暖まりました。
その子も、高野山でお寺さんになるのでしょうか。

お参りの後。たくさんのお地蔵さんと。

奥の院お地蔵さん

ぼかぼかとあたたかく、紅葉も見頃。

奥の院の川

それぞれごま豆腐や焼き餅、
思い思いの楽しみを手に、普賢院へ戻ります。

最後の1時間、「心がおちつく やさしい気功」から禅密冥想へ。
五十鈴もすこし振っていただいて、なんともいえない時間に。
それぞれの思いを胸に、このたびはおひらきとなりました。

バスで極楽橋の駅へ。ケーブルで、南海電車の駅に下ります。

さまざまなご縁がつながって、今年最後の合宿を
ほんとうによい形で、終えることができました。
みなさん、ありがとうございました。(純)

極楽橋

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