気功学校


気功協会ニュースレター
「気功生活」に連載中

文 天野泰司

 

 

参 遊ぶ      top    home 

遊びの記憶
 遊びの記憶を辿っていくと、子どもの心に戻っていきます。どんな遊びをしたかよりも、どんな風に楽しんだかを思い出してみます。
 自由な空想に遊んでいたのか、緻密な観察やコレクションを楽しんでいたのか、冒険好きだったのか、気分を楽しんでいたのか、目立つことが好きだったのか、と。
 私は通称「横浜のチベット」と言われた緑区で小学校の多感な時期を過ごしました。その名の通 り森に囲まれていて空き地も多く、遊びには困りません。ノビル取りにいって田んぼにはまったり、ザリガニ釣りや虫取りにもよくいきました。
 友だちと森に入っていくと、それぞれのキャラクターがでてきます。珍しい虫を良く知っていて教えてくれる子、カブト虫やクワガタを見つけるととにかく捕まえにいこうとする子。どんどん歩いて先にいってしまう子、と、同じ虫取りにいっても、みんな違った感受性を持っていて違う楽しみ方をしています。
 その興味の原形になっている感受性の偏りは、野生の本能のようなもので、子犬がボールと遊んだり、ネコがそよそよ速く動くものにじゃれついたりするのと同じように生まれつき先天的に備わっているのではないかと思います。

原色に戻る
 自分が大人になって、その遊びの方向性は変わっていますか、自分の幼友達をみて、どうですか。興味の対象はいろいろ変化しても、やっぱり子どもの頃と似ているなーという印象はありませんか。
 そして、その楽しみ方の傾向を見つけた時、なんとなく楽しくて、自分が自分であるような感じがしませんか。その楽しい感じをできるだけ失わないように生活の場を整えることで、心の潤いが生まれます。
 ただ、みんなと同じにすることと、同じにさせること。この二つは共にはっきりした自分がない感じですから、楽しみから除外します。
 私がそのままの私であるということが遊びの核心であって、だからこそ遊ぶことで能力が伸びるとか、子どもは遊ぶことが仕事だとか言われるわけです。もっとも、大人の仕事も「私」を失わない限り遊びですから、大人も遊ぶことが仕事であり、遊ぶことで自分が元々持っている能力が開花します。
 みんな同色ではなく、原色を様々に組み合わせることで、美しい表現が広がります。
 まず遊ぶことで、自分の原色を見つけます。さらに、生活全体にその楽しみを広げていくと、原色がはっきりと輝いてきます。その光と光とが多様に組合わさることで、社会全体も美しい輝きを増していきます。

先天を養う
 生まれたばかりの赤ちゃんは先天の気にあふれています。その、内から自然に沸き起こってくる生命力のようなものに突き動かされて、何かを教えられることなく、自分の快感にそって、次から次へと興味のあることを追い掛け、成長変化し続けています。
 それが、年齢を重ねて行くと、純真に遊ぼうとする前に、あれこれいろいろ考えて、本当にやりたいことに蓋をしてしまったり、違うことにすり替えて、自分をなぐさめようとしたりしはじめます。
 もちろん、全部が思うようにはいきませんが、本来の先天の感覚を鈍らせ、ニセモノの快感に慣れてしまわないために、天真爛漫な遊び心はいつも磨いておきたいものです。
 遊びの中には、先天の気が溢れています。それは、こども達がいつも光に包まれているかのように、素のままで、元気が溢れ、無邪気で、目が輝き、可愛らしく、清らかな感じがすることと関係しています。  ブラウン管とにらめっこし続けているのは、いわば遊びの代替ですから、輝きはにぶります。
 安易な代替品で子どもの楽しみを奪ってはなりません。同時に、自分の楽しみも押し込めてしまわないことが大切です。
 ゆとりを持って楽しく暮らし、生涯輝き続けるための先天の気功、それが遊びです。

気功生活Vol.18 より 転載   

弐 育む      top    home  


生活のはじまり
 生活のはじまりは、則ち、この世に生まれてくることです。
 赤ちゃんが母体に宿り、産まれ、成長していく過程は、いのちそのものを育むとても大切な時期であると同時に、私たちが生活の中で気を配るべき様々なことがらを教えてくれる人生の教科書のようなものです。
 それでは、そのページを順にめくっていきましょう。


 気ということが生命の基本です。必要なものを集め、不要なものを捨てる力。このあたりまえに働いている自然の摂理のことを気といいます。
 これから産まれてこようとする「いのち」に対して、何か具体的なことをするとすれば、ただそうした自然の気を集めるというそのことにつきるでしょう。
 体をほぐすとか、歪みを正すとかいう考えも、ここでは必要ありません。そうした技術は、このはじまりのゼロ地点に戻ってくるためのものだからです。
 胎教という考えも注意がいります。インプットするのは簡単ですが、ゼロに戻すことは大変難しいからです。真っ白な紙に自由に描いていくことの楽しみはとっておいてあげたいものです。気功の学びはじめも同じですね。
 では、何もしないでいいかというと、そうでもありません。
 書道の時の準備を考えてみて下さい。まず何からはじめますか。白い半紙を用意する前に、部屋を掃除したり、お花を生けたり、机をきれいにしたり、おちついて書けるように周りの環境を整え、これから使う道具を使いやすいように準備します。そうした作業のひとつひとつが、書に気をあつめるということになっているのです。
 いのちそのものが全力を出し切れるための環境づくりが大人の役割であり、育むということです。余分な手は加えず、母体という環境を整え、新しい生命を迎える準備をし、気を集めます。その具体的な形として「てあて」があります。ただ、手をふれて、ぽかんとして、気をあつめる。難しいことは必要無く、それだけでいいのです。


 赤ちゃんは素直に気に反応しますが、音にも敏感です。お腹の中の赤ちゃんに話しかけると、ちゃんと答えてくれます。もちろん、言葉の意味を理解しているというよりも、言葉の響きから伝わるものを直接に感覚しているのでしょう。ともかく気が通 えば、話は通じます。とても細やかで、すこぶる感度がよいです。大人はもっともっと子どもの感受性に近付こうとする必要があるでしょう。
 そうした心掛けは、意味以前にある言葉の響きの豊かさや音そのものが持つ働きを思い出させてくれます。
 日常の喧噪にまぎれて忘れかけていた感覚は、繊細なもの、豊かなもの、気の働きの盛んなものにふれることで、目覚め、磨かれていきます。
 赤ちゃんは気功のお手本、育児は生活の中の気功。ということは、本気になって赤ちゃんの感度に合わせてみれば、からだが思い出します。だれもが一度は赤ちゃんだったのですから。


 生まれる以前は、暗いお腹の中。誕生と同時に初めて明るい光の下にさらされます。外の光にもだんだんにならしていきたいですね。
 気功をしていて、大脳が休息し、無意識の領域が広がっていくと、目を閉じていても光を感覚する時があります。それも特別 に求めるようなものではなく、あかちゃんの時には誰でも見ているものかも知れません。
 光るもの、輝くもの、美しいものは私たちの心を本能的に惹き付けます。
 心身の輝きや美しさも大切にしていきたいですね。輝きは私たちの内にあります。そのだれもが元々持っている輝きに気付くための学びの場をみなさんと共に作っていきましょう。

心と体
 心はいつから生じるのでしょうか。
 生まれて後、言葉を覚え、様々なことを知り、考え、悩み、楽しむ。そうした学習以前に、不快なら泣き、快ければ笑い、話しかければ通 じ合う心があります。
 その元々ある心の感覚を楽しむことが単純な気功の楽しみ。そのことを感じて体を動かせば、自然と心も動きます。
 後天的に学んだ、ベシ、ベカラズの壁を越え、先天からある自由でしなやかな心と体を育んでいくことが気功の目的であり、生活の基本なのです。

気功生活Vol.17 より 転載   

壱 ゆとり  top    home   


生活を見直す
 気功は、それ自体が目的ではなく、生活を本当に豊かにするための道具です。気功がいくら上手になっても、暮らしを楽しむことができなければ、いわば宝の持ち腐れ。気功を楽しむことが、そのまま生活を潤すことにつながっていてこそ気功です。
 気功の学校・生活編では、日々の暮らしの視点から気功を再発見していきます。衣、食、住、健康、仕事、育児、教育、環境…。身の回りのことで「気」と無関係なものはありません。生活のひとつひとつの事柄について、気功を練功するのと同様に、その原則や楽しみ方のコツ、注意点などを整理しておきましょう。
 また、生活を見直すことから気功を見直すことができれば素晴らしいと思います。

勝ち組?
 統一地方選挙の街頭演説で、勝ち組という言葉に出会いました。その話を聞いていると、今は都市間競争の時代だそうで、中核市になったので、我が市は勝ち組になろうというのだそうです。
 確かに、のんびりばかりはしていられない時代であることはそのとおりですね。中核市ともなれば、独自裁量 でできる部分が多くなり、それだけ特色を出しやすくもなります。しかし、勝ち組というのはちょっと頂けません。
 勝ち組があるということは負け組があるということですね。頑張ることを良しとしてきた古い競争原理をそろそろ卒業して、新しい共生の原理へと移行していきましょう。

生活のゆとり
 大切なのはゆとりです。
 ゆとりとは、ただだらだらすることでも、いたずらに騒いで発散することでも、過度な消費を楽しんだりすることでもありませんね。
 ゆとりとは潜在力であり、可能性の大きさそのものです。
 自分の生活を振返ってみて下さい。 自分で自由に使っている時間がどれくらいありますか。
 自分が主体になって動いている時間と言ってもいいですね。そう考えると、物理的には拘束されていても、自由に使っている時間というのはどんどん増やせることがわかります。
 よく、仕事と遊びとを分けて考えることをしますが、楽しんでいるかどうかの方が重要です。
 受け身で、ただ言われたことだけをする仕事というのはすぐ疲れてしまいますが、自分で工夫する余地のある仕事は面 白くて楽しめますね。
 楽しんでいる時間というのは、からだの自然が、ゆとりを持って働いている状態です。
 心から楽しい時は、集中力も実行力も決断力もあり、くたびれません。

ゆとりの生み出し方
 もうお気付きですね、ゆとりは能力アップを導き、能力アップはさらにゆとりを生み出す。このサイクルに乗ってしまえば良いわけです。
 気功で言えば、陰陽、虚実ですね。 体をゆるめれば、中心力がはっきりしてくる。中心力が育てば、さらに簡単に深くゆるむ様になる。この自然なサイクルの繰り返しが気功で体が元気になっていくプロセスです。
 いくらゆるめても生き生きとした感じがでてこない、いくら鍛えてもしなやかな柔らかさがないというなら、その訓練法自体が怪しい。
 順序としては、まずゆるめる。生活の中ではゆとりを持つ、つまり楽しんで動く。たるむのではだめです。
 楽しんで動いていると、生活にも潤いが出て、もっとよく動けるようになります。
 力を出すには、まず力を抜くのです。 豊かさと平和  ゆとりがあると、争う必要もなくなります。喧嘩の原因は何ですか。急いでるとか、何かが無いとか、空腹だとか、居心地が悪いとか、ゆとりがないほど、ついカッとなります。
 日本はいろんな面で豊かな国です。経済的にも、自然の森や水も、そして思いやりや笑顔も 。
 特に経済面では、ここ五十年ぐらいの間、がむしゃらに頑張り、その反面、自然や心の方が危うい。  もう価値観が変わるべき時期ですね。豊かさの尺度も物質的なものから精神的なものへと大きく動きだしています。
 精神的ゆとりが特に大切です。
 お互いを自然にいたわり、大切にしあえる平和な世の中。心にゆとりを持って、自らが楽しむ方向に進む。すると、それはすぐ目の前の、日常の暮しの中から実現していきます。

 気功生活Vol.16 より 転載   

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