気功のひろば

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2017.12.11

日月潭へ 2

船で対岸の伊達邵へ。
一日乗船券を買うと、
手にスタンプを押してくれます。

お昼ごはんは屋台で。
焼き芋やバナナを買っている人、しっかりお店に入っている人、
私たちはかんたんに
粟の八宝粥や、豆腐花にタピオカとミルクティーが入ったものなど、
なぜか宝くじ売場の店先で。

もう一度船で、玄光寺へ。

玄奘寺へ。

人混みを抜けると、急に山道。
巡礼の道だったそう。

大きな葉っぱ。
竹の葉も大きくて、何か芋類のような葉っぱも大きくて
やはり南国。

玄奘寺は、とても静か。
三蔵法師の仏舎利などを祀ります。
戦争の間、日本に一度きていたものを、戻したそう。

休憩所で私たちはまた、暖かい飲み物を。
横書きの般若心経の写経をする人も。
書き上げたら、「般若心経ノート」がもらえます。

小さな蓮の花が、一輪開いていました。

門前からは日月潭が一望。
乗って来た船が、中央のラルー島に近づいて走っているのが見えます。

湖をながめつつ少し気功をして、下山。

朝はサイクリング、午後は山へ、充実の一日。

にぎやかな玄光寺から、船で水社埠頭へ戻りました。
宿の桂月村に戻ると、ほっとします。

夕食は、桂月村向かいの碼頭大飯店で
「邵(サオ)族風味餐」。
この地域の原住民をイメージしたセット、
竹籠に乗って、なかなかに楽しい容れ物に
期待通り、各テーブルごとに盛り上がらざるを得ません。
思ったより野菜も多く、美味しかったです。

飲み物は、邵(サオ)族のライスワインか、アッサム紅茶を選択。
日月潭紅茶のゼリー(タピオカのせ)がついてきます。

紅茶にすると、このマグ。
持ち手は足です。
思わずいたわってしまう私たち。

宿に戻ると、キッチンで、よしふみさんが
リーズナブルに入手したという
岩茶の王様、大紅袍を淹れてくださいました。
カップは日月潭の形に。

(つづく)

2017.12.06

日月潭へ

11/23-26、初めての台湾、「気功の学校」「禅密の学校」
合同の修学旅行。
私たち含めて19名、関空から、成田から、
そして現地集合組、それぞれが台中の駅で集合。
関空組は、新幹線に乗るべく
思いがけない全力疾走。
その甲斐あって、無事出会うことができました。

初めてwebで手配し、当日まで
慣れぬ携帯、台湾中国語でやりとりした
現地バス会社の24人乗り。
ほんとうに来ました!

赤くて乗り心地もよく、運転手さんも優しい雰囲気。
日月潭まで1時間、あっという間についてしまいました。
「慰安旅行感がいいわ」という声も。

かなりおいしかった、葡萄苺ジュース。
台湾のファミマ、飲み物良いです。

宿は「桂月村」。下見のときに連れていっていただいた
朝のサイクリングがよくて、やはり、みんなと来たいなと。
日本語のできるママさんと何度もやりとりして、
嬉しい再会。

隣のお店で夕食、ちょっと散歩。
日月潭中央のラルー島の神様を祀った
龍鳳宮に立ち寄りました。

月下老人のもとで、縁結びの神としても知られているそう。
後日、出直しておみくじを引いた独身組も。
なかなかにパワーありそうです。

月明かりの中、門前で湖とラルー島に向かってすこし気功、
湖とひとつになります。

翌朝は5:50、湖畔サイクリングへ。

湖面に、山から下りて来る霧。
霧がたつところのお茶は、おいしいとか。
日月潭の紅茶は、台湾でいちばんです。

だんだん日が上ってきました。
朝日に向かい、すこし瞑想。

展望台で日の出を見ながら、宿のご主人から
さまざまなお話を伺いました。

ラルー島は昔、山だったのを、日本人がダムを造ったので島になったこと。
常に湖水を循環させて、電力が途切れないようにし、
台湾全土の電力を発電できたこと。
ラルー島の上には、お寺があったのを、地震で壊れたので
龍鳳宮に祀り直したこと。
アメリカ軍がダムを爆破しようとしたのを、日本人がくいとめたこと。

湖に向かって気功、自転車で戻ります。

途中、向山ビジターセンターへ。
流れるような設計は、日本の團紀彦氏によるもの。
また開いている時にゆっくり来てみたいな。

ご主人にずっとついてくる犬。

お昼前から、対岸へ船で出発。
白い馬がついてます。

つづく。
(純)

2017.11.28

self3巻 発送しました & 水を飲む

無事、台湾から戻りました。
21度から10度の北白川へ、着いた夜は寒く感じましたが
きのう今日と天気がよく、紅葉が鮮やかです。

きょう、11/28に、通信講座self3巻をお送りしました。
これで最終巻。
じっくり、気持ちよく取り組んでくださいね。

カレンダーの裏側、「季節のケア」
今月は「水を飲む」です、みなさんもぜひ。(純)

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乾いたら水を飲む

冬は乾燥の強い季節。
さらに暖房が合わさることで、
知らないうちに体が乾いてきます。

私たちの体は、
暑さ寒さや、湿気の多さには比較的敏感ですが
乾きに対しては比較的鈍いところがあり、
体が乾いていることに気づかずに、ケアをしないで過ごしがちです。
だから、乾きに対しては、意識して水を飲むことが大切です。

冬の体の異常は、大部分が乾きの影響を受けていますから、
水を補うことで、心身の違和感がなくなり、
気持ちよく冬を過ごせるようになります。

ポイントは、こまめに、美味しく水を飲むこと。
まず、気に入った小さなグラスを用意しましょう。
そして、水を入れておく使いやすいポットを。
5℃前後が飲みやすい温度です。

わずかな水を口にふくんで、
舌先で味わって、ゆっくりとのどの奥へと運び、
すーっと腹へ落としていきます。
上質なお酒を楽しむように、ちびちびと。

お風呂上がりや、運動のあと、朝に目が覚めた時も
体が水を欲するので、おいしく感じます。
風邪を引いた時も、水を飲むことを忘れずに。
しっとりと潤った体で春を迎えましょう。

(self担任・天野)

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2017.11.20

11/23-26 台湾

11/23-26、「気功の学校」「禅密の学校」
合同の修学旅行で、初めての台湾・日月譚へ
私たち含めて、19人で行って参ります。

それに伴って、メールの返信・対応が
翌週11/27以降になりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
(純)

2017.11.16

死の中に不死がある

The Book of Life
11/16のテーマは
In Death Is Immortality

以下、天野の訳です。

—————–

終りの中には、いつも新しい始まりがありますね。
ちがいますか。
死の中からのみ、新たな何かが生まれ出るのです。

私はあなたを安心させているのではありません。
これは信じるような何かでも、
そのことに対して考えをめぐらすことでも、
また、知的に検証して受け容れるような何かでもありません。
そんなことをしたら、ただ別の安心のよりどころを作り出すだけです。

それは、ちょうど今あなたが、
死後の再生を信じていたり、
(今の自分がそのまま)来世へ続いていると信じていたりすることと
何の変わりもありません。

しかし、現前にある事実は違います。
続いていくものは、生まれ変わることも再生することもありません。
ですから、日々死すことによって、再生があり、新生があります。
これが、不死ということです。

死の中に不死がある。
その死とは、あなたが恐れている死のことではありません。
過去において導き出された結論が死に、
記憶たちが死に、
経験たちが死ぬのです。

すなわち、これらは「私」という認識を作り上げてきたもの。
この「私」が、刻々と死ぬ中に、永遠があり、不死があり、
経験されるべきものがあります。
それらは、きっとそうなんだろうと思ったり、
こうなんですと教えてもらうようなことではありません。
それでは、転生や何かに関してあなたが今までやってきたことと同じです。

一瞬一瞬に終りがあり、新しい始まりがある。
もはや恐れはそこにはなく、あなたは未知に対して開かれています。
本当の真実とは、未知のものです。

死もまた、未知のものです。
しかし、
私たちは来世に続いていくのだとか、そうしたあらゆる馬鹿げた考えから、
死は美しいと讃えたり、何とすばらしいことだと言ったりすることには
何の真実もありません。
死を死そのものとして見ている、そこに本当の真実があります。
そう、終りとしてです。

終ることの中に、新しい始まりがあり、新生がある。
継続ではないのです。
継続するものは朽ちていきますね。
そして、自ら新生する力を持つものは永遠です。

2017.11.02

気功生活 お送りしました

10/31、「気功生活」103号をお送りしました。
お手伝いいただいた方、ほんとうにありがとうございました。
終えてから、お茶で一休み。
ここまで駆け抜けてきて、あとは郵便屋さんへ。
いつも、ほんとうにほっとします。

今回は、新しくなった「入会のしおり」、
カラーになった「本とCD&DVD紹介」、
「気功の学校」募集チラシも。
間違えないように、封筒に入れるときは「1、2・・6、7」と
数えて入れました。

表紙は、今度ゆく台湾の日月譚にちなんで、
なんとなく日・月に。
「禅密の学校」で三円功をしたので
陰陽魚も入れてみました。
と、考えて描いた訳ではありませんが。

個人的には、「気功の学校」チラシの
表紙の絵が好きです。

季節に合わせた「養生特集」もおすすめ、
「気功の学校」「禅密の学校」受講生の声も
とてもよいです。

どうぞゆっくり、ごらんください♪

目次は
・・・・・・
自由の胎動 天野泰司
気功の学校2018
養生特集4 秋から冬へ
舞い終えて 松風恵子
秋の講義録
 禅密の学校・秋分 季節の気功・長月
The Book of Life 10/1910/31
自然居士 吉田純子
・・・・・・
となっています。

読みたい方にも、無料でお送りしています。
お問合せフォームから
「気功生活を読んでみたい」を選択し、
「103号希望」と書いていただいて、
ご住所等、お送りください。

*「気功の学校」webでの新規募集は、
11月半ば頃の予定です。

(純)

2017.11.01

気功生活 Vol.103

まっすぐ

遠くを見て、
魂の羅針盤に従い
前へ進む。

 

【目次】

自由の胎動 天野泰司
気功の学校2018
養生特集4 秋から冬へ
舞い終えて 松風恵子
秋の講義録
 禅密の学校・秋分 季節の気功・長月
The Book of Life 10/19、10/31
自然居士 吉田純子

→続きを読む

2017.11.01

self2巻 発送しました & 足湯

11月になりましたね。よいお天気で、嬉しいです。
いかがお過ごしですか。

10/30月曜に、通信講座selfの2巻をお送りしました。

毎回、DVDと学級通信に
マンスリーカレンダーがついていて、
裏には、その時々の「季節のケア」を
天野が書き下ろしています。

今月は「足湯」です、みなさんもぜひ。(純)

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足湯をしよう

秋も深まり、
肌寒く感じる日も増えてきました。
体に冷えの兆候を感じたら、
まず足湯をしてみましょう。

寒い時には体が引き締り、
温かい時にはゆるみます。
ところが温かい部屋に戻っても、
ゆるんだ感じがしないときがあります。
その大部分は、足が縮んでしまったまま
ゆるまなくなっていることが原因です。

だから、足を温めて、
ふわーっと指が自然に開くようにすると、
冷えが抜けて、ほっとできるようになります。

冷えやすいと感じている方は、
一週間ぐらい続けてやってみてください。
毎日つづけることで、足が
縮んだり、ゆるんで広がるしなやかさが増して、
体が凛として寒さにも強くなり、
温かい部屋では、すぐほっとリラックスできるようになります。

くるぶしが隠れる程度のお湯に両足をつけて
時々差し湯をしながら約6分。
左右の温まり具合を確認して、赤みの足りない側を
差し湯をしたところにプラス2分ほどつけて温めます。

その間に反対の足はよくふいて靴下をはき、
反対の足もかすぐに乾いたタオルで指の間までよくふいて
靴下をはいてください。

足湯の後はくれぐれも足を冷やさないように!
お湯は気持ちよい温度で、お風呂の温度+2度が目安。
夜よりも、気温がだんだんに上がっていく
午前中の足湯がおすすめです。

(self担任・天野)

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2017.10.31

精神的な革命

The Book of Life
10/31のテーマは、
A Psychological Revolution

以下、天野の訳です。
—————-

思考する人と思考が、
観察する人と観察されるものとが、
ひとつになることは可能でしょうか。

あなたが、この問題を単なる軽いものととらえて、
あれこれ、うわべだけの説明を求めるのであれば、
決して気づくことはないでしょう。

間違いなく、これはあなた自身の問題です。
私のみの問題ではありません。
あなたは、この問題や世の中の諸問題について
私がどうとらえているかを聞くためにここにいるのではありません。
内部に生じているこの絶え間ない葛藤、とても破壊的で、退廃的な…
これはあなたの問題、そうではありませんか。

そしてまた、自らの根本的変化をもたらすことも、あなた自身の問題です。
政治、経済、官僚制の変化等の表面的な革命に満足などしないことも。

私や、私の生命観を理解しようとなどしないでください。
あなた自身を理解しようとするのです。
直面せざるを得ないあなた自身の問題があることを理解するのです。

それらを一緒に熟考することによって、
この対話の中で今まさにそのことをしているのですが、
よりはっきり、より明晰にそれを見ることを
お互いに助け合うことができるでしょう。

しかし、「はっきり見る」と、
言語的な範囲の理解をしただけでは不十分です。
それでは、創造的な精神的変化はもたらされません。
言葉を超えて、あらゆる象徴やその知覚を超えていかなければなりません。
それら全てを脇に置いて、中心の本題に至らなければなりません。

どうやって「私」を消し去るのか、
時間につながれ、一片の愛も、思いやりもない「私」を。

心が心そのものから分離していない時にだけ、「私」を超えていくことができます。
「思考する人と、思考」の非分離と同じように…。

思考する人と思考とが一つであるとき、
そのときにのみ静寂があります。

その静寂は、何のイメージを造り出すことも、さらなる経験を待ち望むこともありません。
その静寂の中では(経験する人と経験が一つであって)、今何かを経験しつつある経験者はいません。
そしてその時にのみ、創造的な働きを持つ心理的革命があるのです。

2017.10.27

思いを手放す 〜9/10京都

2017/9/10 於:朝日カルチャー京都 天野泰司
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*思いを手放す

なぜ私たちは、さまざまな苦しみと共にあるのだろうか。

苦しみを減らすには、心の許容量を増やしていく。
生きていること自体が幸せ、心のチャンネルを自分で切り替えてゆく。

生まれる以前からずっと続いている心の状態を、「先天」と呼ぶ。
それは、普段の日常的な心の動きとは違う、言葉以前の世界。

言葉に翻訳できる心の部分を、「後天」と呼ぶ。
それを、分けて考える。

例えば、家にいる動物たちとは、言葉を通して心が伝わっていくけれど
インターネット上で飛び交うメッセージでは、誤解も生まれやすい。
声の調子や表情、間の取り方、心の向かう方向、
体が緊張しているのかゆるんでいるのか等等、
コミュニケーションでは、「体につれて動いているもの」が、多くを占めている。

「言葉以前の心」が、体に宿っている。
BodyとMindは、相互に作用し、影響し合っている。
その両方を、同時にみていくことが大切。

気功では、意識的な働きを静めていくことを「入静」と呼ぶ。
何度でも繰り返し、ゼロに戻る。
「先天の心」が、はっきり現れてくる。

今を生きているのは、先天の心。
将来や過去を考える、時間感覚をもっているのが、後天の心。

方法はやさしい。
体の心地よさに集中し、頭の中を空っぽにする。
そうやって、時間につながれている感覚から自由になる。
心と身体の両面をつないでいけるのが、気功の良さ。

心に浮かぶ、さまざまなおしゃべりにつきあわない。
雑念と呼ばれるものは、淡々と見て、あいづちも打たない。
ただ、聞いているようにすると、会話は成り立たない。
そうしていると、言葉以前の体の部分が、大きく変化する。

[実習・あくび〜心がおちつく やさしい気功」。

「入静」は、集中を保ちながら、気楽にやってみる。
自分を見張る気持ちや、緊張感ではない。

起きているのとは違う、眠っているのでもない。
瞑想的な感覚を特別なものにしない。
心が静かになるのではなく、心がさまざまに動き、流れ、留まらない状態。

心を、つなぎとめることをしない。
楽しかったことや、気持ちよい体験にこだわると、苦しみもつなぎとめてしまう。
一時的な幸せを壊したくない思いが、
心をつなぎ止める。
手放したほうが気持ちよい。

気功をすることを積み重ね、日常でも思いを手放すようにしていくと
ちょうどいいことが、ちょうどいいだけ起こる。

「盛り上がったような気持ちよさ」を手放す。
大変なことを、手放す。

同じことをしていても、毎回新しくて、飽きることがない。
毎回毎回、違う気持ちよさがある。
新しい気持ち、新しい体で味わう。
その後には、深みのある心地よさがある。

*秋の体 

秋の焦点は、腰。
なでる、足湯、水をのむ。

足裏・内股・耳・腎臓のてあて、脇腹・後頭部などの
どこか一カ所にはっきり出ていることが多い。
その時々に、したいところを、ゆっくりなでたり、てあてする。
その一カ所から体全体が変わる。

[実習・耳をこする〜腎臓のてあて、体をねじる]
[実習・肩の荷がおりる気功
(純)

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